『男のリズム』池波正太郎/著
エッセイ
モテる男になるのは難しい。
先日、女の子に「これ開けて」と菓子袋を渡された。私は「一発で成功できるだろうか」と不安になりながらこっそり手汗を拭き、何とか袋をこじ開ける。冷や汗をかいた。
また昔、図書館のおねいさんのストッキングが伝線しているのを見つけた。私が伝線していますよ、と嬉々として言いかけた刹那、とある言葉を思い出した。
「女性にストッキングが伝線していることを伝えるような奴はモテない。しかも嬉々として伝えるんだから始末におけない」くしくも前日に読んだとてもモテる男の書いたエッセイの一文だった。私は冷や汗をかいた。
あるいはこんなこともあった。
私は致命的に方向オンチで、女の子を助手席に乗せるときそれを伝えている。彼女たちは「そんなこと気にしない」と言ってくれて、真に受けた私は道に迷う。別段がっかりした顔はされない。が、明らかに私の評価は少し下がる。
2023年であっても女の子には、男たるもの道に詳しく有るべし、という不文律がきっとまだあるのだ。そして私はそのタブーを犯してしまったわけだ。
このように、男女間は危険に満ちている。だから男は五体を鍛え、教養を磨き、オシャレに身を包むのだ。
娯楽小説しか読まず、干物ボディの私は、普段絶対買わないような「からし色のカーディガン」に挑戦し、「どう?」と姉に聞いた。(そう、「姉」だ。本当は気軽に女の子に聞きたい。でも、それができたら既に彼女は出来ている)
――姉に「まぁまぁいいよ」と言ってもらった私は、街へ出た。 好きな服を着て、好きな喫茶店で、好きな本を読む。 周りを見渡し、「みんなわたしを見て」と愉しんだ。
しかしそれも束の間、私は致命的なミスを犯していることに気が付いた。
そうなのだ。自分の世界を愉しむ男はモテるが、モテたいと周りを見渡す男はモテない。
同様に、自分の為におしゃれをする男はモテるが、モテる為におしゃれをするやつはモテない。なんという皮肉。
途端に居心地が悪くなる。隣の女の子のクスクス笑いも自分に向けられている気がするし、「何あのからし色のカーディガン。笑」と言われているんじゃないかしら、と思ってしまう。
ついに私は「あああああ」というぼそぼそとした奇声とともにその場を逃げ出し、店を出た瞬間に二度目の「あああああ」を発した。
目の前に私よりずっと派手なからし色のシャツを着た男がいた。しかも隣にはおそろしく素敵な彼女が。彼は自信に満ち溢れていた。
えっ、恥ずかしくないの。ねぇ恥ずかしくないの。そして隣の素敵な彼女は誰?
――私は悟った。モテる男は果てしなくタフなのだ。そして揺るがない。帰ろう。モテの世界では、負け犬は去るのみなのだ。
数時間後
家に帰り、母と短いやりとりをする。
「どこ行ってたの?」
「喫茶店」
「一人で?」
「一人で」
「あんたもさみしい男ね」
……母よ、今日のところは甘んじてその言葉を受け入れよう。しかし、明日からの私は一味違うぞ。
私は布団に潜り、「今度はみどりのマフラーを買おう」と固く誓うのだった。
このエッセイで紹介した本
そんな、現代にも通底する「男らしさ」を思い出させてくれる本が『男のリズム』だ。有名かつ人気で実用的なのは同じ著者の『男の作法』の方だが、『男のリズム』はより日常生活に根ざしているし、ちょっとニッチなので『男の作法』を知ってるよりもモテそうな気がする。
『男のリズム』池波正太郎/著
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