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2024/11/10:フリーペーパーvol.104発刊!

ロビン・ガスリー、久々の新作「Pearldiving」発表!その潤沢なソロキャリアを解析

ロビン・ガスリー、9年ぶりのソロ新作発表

私の敬愛するギタリストであるロビン・ガスリーが実に9年ぶりにソロ・アルバムを発表してくれました。私は学生時代からロビン・ガスリーのギタープレイが非常に好きです。彼のクリーンで清らかな、海に泳ぐような残響をとめどなく含んだギターの音色を聴くことで、私はどんな時も心を落ち着かせていられましたし、未だに彼の音楽は私の耳を惹き付けて止まない麗しさを持っています。
そんなロビンの新しい音が聴けるということ。それは私にとって、まさしく2021年の幸福の一つとなりました。

ロビン・ガスリーは1962年1月4日生まれ、スコットランドのミュージシャンです。彼のキャリアの中で最も有名なのはコクトー・ツインズでの活動ですが、ギター、ベース、キーボード、ドラムなど様々な楽器を演奏しながら多くのプロジェクトを動かしてきました。
1980年代の音楽シーンにあった「ネオ・サイケデリック」のムーヴメントを象徴するユニットであるコクトー・ツインズとして活動していた頃からロビンの美意識は一貫しています。ギターを駆使して幻想的なオーケストラ・サウンドを作り出すロビンが音の構築力という観点から誰よりも卓越していた人物なのは言うまでもありません。

コクトー・ツインズとしての活動が1998年に終了し、ロビンは紆余曲折を経てソロ・キャリアへと移行します。その音楽からボーカルという音が無くなったことでより濃密なロビン・ガスリー・サウンドを味わえるソロ作品は、不思議なことに日本にはあまり浸透していない印象があります。
しかし私はロビンのキャリアにおいて、彼のソロでの作品群を無視することは考えられない。正直なところ私はコクトー・ツインズで彼が残した作品群より、彼のソロ作品を集中的に聴いているリスナーなのです。今回は待ちに待った新作リリースに寄せて、ロビン・ガスリーがこれまでに歩んできたソロ・キャリアに大きく焦点を当てて文章を書いていこうと思います。何卒お付き合い下さい。

「Imperial」ー単独での初作にして、ループ系ギターインストの傑作

彼のソロ・キャリアをスタートさせたのは2003年に発表された「Imperial」というアルバムです。
オープニングからEマイナーの暗く神秘的な響きで始まるこのアルバムは一曲一曲の尺が他のアルバムに比べて長めで、ほとんどの楽曲が同じコード、メロディーの繰り返しで構成されており、いわゆるループミュージック的な風合いが強いです。

当時の流行であったスローなヒップホップ調のビート(こういったビートは、当時主にダウンテンポと呼ばれていました。現在のローファイ・ヒップホップ・ムーヴメントは勿論まだ存在しません)に乗せてギターが奏でられる「Tera」には愁いも含んだ不思議な魅力がありますし、「Drift」の一筆書きのようなディストーション・ギターはニール・ヤングの「デッドマン」のサウンドトラックにも通ずる、音による映画のような一幕です。

その他にも聴きどころはたくさんありますが、本作以降のロビンのアルバムにある陽だまりのような暖かさはここにはあまりなく、アルバム全体がどこか冷ややかな色合いを感じさせます。しかし溢れ出るクリエイティヴィティもまた尋常ではありません。
同じく繊細さに満ちた名ギタリスト、モーリス・ディーバンクが在籍していた時期のフェルト(1980年代のイギリスのバンド)が1990年代のヒップホップ・カルチャーや世界各国に溢れる映画音楽の空気感を吸い込んだら……と連想できるような一作です。

「Continental」ー幻想的なサウンドはそのままに、ロック性を強めた深化の一作

冷ややかで神秘的な「Imperial」を経て、この2006年発表のセカンド・アルバム「Continental」はロビンのソロでの音楽性が確立されたと言える内容です。
「Imperial」との大きな違いは、全体的にロック・ミュージック色が強くなっていること。テンポはスローながらロックのビート感がきっちりと映えている曲が多く、音色が幾分かアンビエント的だった前作とは違い、ディストーションの効いたギターも各所で聴くことができます。

本作で私が印象に残っている楽曲は「Monument」という曲です。シンプルで胸を叩かれるようなフレーズ、コードが幾重にも組み合わさり波打ち続ける、ただそれだけの内容とも言えるのですがそれが素晴らしく良いのです。細かいディテールに凝っていながら実に明快な構成と、エレキギターの幽幻なサウンドがとにかく潔くて美しい。他の楽曲も個性溢れる素晴らしい内容ですが、「Continental」において核となっているのはやはりこの「Monument」でしょう。

徐々に色付いてきたロビンのパーソナルな音世界。間違いなく傑作です。スピッツ の「新月」、あるいは最近のバンドで例えるなら「きのこ帝国」のスローで激しい曲などが好きな方には是非とも聴いて頂きたいです。ロックバンドにおける幻想的なサウンドの追求者として先達と言えるのがロビン・ガスリーその人なのです。

「Carousel」ー明るみと肉体性を帯び始めたギターインストの秀作

「Continental」以降にミニアルバム作品をいくつか挟んだ後、ソロアルバムとしては3年の期間を空けて2009年に発表されたのが「Carousel」です。「Imperial」の頃は無機的な感触のあったロビンの楽曲ですが、ここに来て一気に表情豊かになっています。楽曲の中で盛り上がりと静けさが行き来する様がさらに肉体的になっている印象で、魅力的なフレーズの量もさらに増えています。

このアルバムの中から私が一曲選ぶとするならば「Little Big Fish」です。エレキギターのサウンドを深い残響音で溶解させた思い切りビートレスでアンビエントなインストですが、その響きは「Imperial」の冬の寒々しさのようなアンビエント感とは違い、暖かい春の陽気のような安心感があります。ギターを何回も何回も重ねて録音したであろう、丹精込めた桃源郷のような音世界。これこそ至福です。聴いている内にどんどんと意識が拡張していきます。

クラゲを映し出したジャケットもほんのりと美しい、この傑作「Carousel」においてロビンはそれまでの内向的な世界を完全に抜け出すことに成功しました。音の中に沈み、溺れていくのではなく、音の中へと全てを包み、抱きしめるような優しさがここにはあります。

「Emeralds」ーロビン・ガスリー最高傑作の一つ。何も言えなくなるマスターピース

個人的に(コクトー・ツインズ時代なども含めて)最も好きなロビン・ガスリー作品がこの2011年作「Emeralds」です。
これまでの作品に比べてさらに一曲一曲の中にある起伏や表情がはっきりとしており、インストゥルメンタルなのにきちんと「歌」が聴こえてくるような内容となっているのです。アルバム全体の流れも良質な映画のようなスムーズさで、中盤の「Warmed By the Winter Sun」「Flower」「Turn Together, Burn Together」と至る3曲の流れには特に豊かなものを感じます。

ロビンのサウンドとして特徴的なのはエレキギターをあえてクリーンで澄んだ音色に設定し、そこに残響音などのサイケデリックな装飾を幾重にも足していくスタイルですが、この「Emeralds」において彼が追い求めてきたスタイルが完成したと言って良いでしょう。初めてこのアルバムを聴いた時は、鮮やかなジャケット、アルバム全体の綺麗な流れ方も含め、あまりの美しさ、そしてクリアさを兼ね備えた暖かさに言葉を失いました。本当にそれくらい凄いアルバムなのです。ボーカルが入っていない音楽に馴染みの無い方も大きく楽しむことができる一作なのではないかと思います。

コクトー・ツインズのゴシックな神秘性をまとった冷ややかな世界から、完全に暖かい場所へ新たに始まっていったロビンのサウンド。それは聴き手の興奮を煽ることはなく、心を静かに落ち着かせてくれる優しさを持っています。口先だけではない本当のヒーリング作用を感じるとともに、音楽というメディアが持つ表現力の無限さに打ち震えるような内容です。初めてロビン・ガスリーを聴くという方には、まずはこの「Emeralds」をお薦め致します。

「Fortune」ー安眠を誘うほどに清い、真のヒーリング・インストゥルメンタル集

自らのサウンドを究極的な地点にまで高めたロビンのキャリアは、徐々に安定期へと入っていきます。前作からそれほどスパンを空けずに発表された2012年作「Fortune」は、ロック的な焦燥感を大きく抜き取って穏やかさに満ちたアルバムとなりました。

このアルバムに関して、私にはある思い入れがあります。
私は高校時代に慢性的な神経症と日頃の熾烈なストレスに悩まされており、なかなか落ち着いて眠れない時期が多くありました。そんな時にこの「Fortune」がサブスクリプション・サービスで聴けるようになったのです。以来、「Fortune」はヒーリング力の非常に高いアルバムとして睡眠時のBGMとなりました。このアルバムをかけるとうまく眠ることができたのです。今も寝付きが悪い時はこの「Fortune」を聴きながら眠ります。

なぜこのアルバム、ひいてはロビン・ガスリーの音楽は異様に眠りを誘う力が高いのか。理由の一つとして、エレキギターの音色がほとんど溶解し切っていて輪郭がぼやけていることが挙げられると思います。エッジの立った音ではなく、安眠を誘うような柔らかい音。それらがロビンの手によって淡々と、しかし表情豊かに奏でられる時、リスナーである私はその穏やかさ、そして闇雲に波風を立てない大人びた物腰に安心するのだと思います。

ロビン・ガスリーを聴くなら、様々なコラボ作品も外せない!

ロビン・ガスリーの音楽活動は多岐に渡ります。彼のソロアルバムは勿論良い。しかしながら、他の様々なアーティストとコラボレーションすることによって生まれた名作たちも忘れるわけにはいかないのです。
私にとって最も素晴らしかったのは昨年惜しくも急逝された音楽家、ピアニストのハロルド・バッドとのコラボレーション作品「Bordeaux」(2011年)「Another Flower」(2020年)の二作です。この二作で展開されているのはロックミュージック的な文脈に乗っ取ったインストではなく、深くエフェクトがかけられたエレキギターとピアノの溶け合う所謂アンビエント・ミュージックです。どちらのアルバムも心地良いまどろみを誘うような美しい和音の重なりが印象的で、夢見心地という言葉をここまで具現化した音楽は他に見当たりません。不眠症、神経症を患う方にもお薦めの内容です。

このロビン、ハロルド両氏にEraldo Bernocchiというギタリスト、サウンドデザイナーの方を加えて製作された「Winter Garden」(2011年)も前述の「Bordeaux」「Another Flower」と同路線のアンビエントの傑作となっており、憂いの込もった神秘的な音階が近付いては消えていくロマンティックな作品です。タイトル通り、冬の時期に聴くとより素晴らしい逸品となっています。

アンビエント系の作品だけでなく、歌ものの作品もあります。英国のシューゲイザー・ムーヴメントを代表する「ライド」というバンドのマーク・ガードナーとの共作アルバム「Universal Road」(2015年)はその中でも特に優れた一作でしょう。コクトー・ツインズの解散以降ロビンは様々なボーカリストとの共演を果たして来ましたが、私観ながらそのキャリアの中で最も美しい音楽が生まれた瞬間が「Universal Road」であると思うのです。全編ロビン印のクリアなギターサウンドが駆使され、柔らかく優しいタッチのマークの歌声と見事に重なっています。曲もメジャー調の楽曲が多く、暇のある午後の時間に聴くと精神が落ち着いてくるような音楽です。日本のスピッツとも音色の感触は近いのではないでしょうか。 要チェックの一作です。

新作「Pearldiving」ーロビン・ガスリーのサウンドは彼の・私の基礎になった

そうして様々なコラボレーションで傑作を産み落としてきたロビン。ですが純然たるソロ・アルバムは「Fortune」以降現れていませんでした。しかし2021年の11月になり、ロビン・ガスリーはついに新たなソロ「Pearldiving」を発表。音楽メディアなどでも正直あまり話題になっていない印象ではありますが、ロビンの大ファンを貫いてきた自負のある私としてはこれ以上ない喜びのニュースでした。

私は音楽アルバムの聴取形態をほとんどApple Musicに移行しているので、いち早く「Pearldiving」をサブスクリプションによって聴くことが出来ました。これもまた「Fortune」リリース時にはまだあり得なかった文明の進化です。10曲トータル36分。苦しみに喘ぎつつも「Fortune」を聴いていた10代の頃と同じように、布団で眠りの体勢を取りながら聴きました。
オープニングの「Ivy」からラストの「The Amber Room」まで。広がっていたのは、ソロキャリアをスタートさせ、表現者としての道を進み続け、様々な経験を重ねてもなお全く変わらないロビン・ガスリーの音の風景でした。そうなのです、本当に音が変わらない。1ミリも動かない山、あるいは海。自然界のような絶対性があります。最早ロビン・ガスリーという人間にとってこの独自のサウンドは彼の生活であり、彼の呼吸であり、彼の肉体の全てである、ということ。その事実が理解できる内容になっています。

そして、このアルバムはすんなりと私の新たな睡眠導入剤となりました。心を落ち着けるようなマインドセットの効果を私はロビンの音楽に感じてきましたが、この「Pearldiving」において、その治癒成分の純度は完全に極まっています。良薬を手にすることが出来たという暖かな気持ちで、私は「Pearldiving」のリリースを歓迎したいと思ったのです。
ロビンのアーティストとしての旅はまだ終わることは無いと思われます。しかしそれにしてもこの「Pearldiving」に広がっている風景は非常に悟り切ったものです。過剰なエモーションの発現も無く、淡々と、しかし確実に悲しみや抱擁が詰まっていて、あらゆる時を重ねれば、人はこうして緩やかに時を過ごすこともできるようになっていくのだ、と音を以て教えてくれるかのようです。
私はこれからもロビン・ガスリーの動向に注目していきます。このサウンドが無ければ、私はもう生きてはいけない。ロビン・ガスリーのサウンドこそが私にとっての安定であり、生活をしていく上での基礎なのです。

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