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2022/011/10:フリーペーパーvol.80発刊!

私的ピアノソロ作品5選ーありそうで意外と無い、私に合ったピアノひとつの音楽世界

喧騒から逃れられるピアノソロ。しっくり来た作品の存在を皆様とも共有したい!

長いこと趣味で様々な音楽を聴いてきた私ですが、近頃サブスクリプション・サービスでよく探しているのが「ピアノの音だけが入っているアルバム」です。
私はピアノの音がとにかく好きです。その線の細いフォルム。細いフォルムであるが故の美しさに私は常々魅了されてきました。ピアノの響き。それはこの世に溢れる音の中でトップクラスに美しい物だと思うのです。
ということで、私が探しているのは要はピアノソロ作品と類される作品のことなのですが、これがなかなか上手い具合に見つからないのです。丁度良い塩梅に自分にしっくり来るピアノソロを見つけるのが非常に難しい。
私が求めているピアノソロ作品は、

悲しげなメロディーが漂っている(明るいメロディーより翳りのあるメロディーの方が圧倒的に好みなので)
眠りながらでも楽に聴ける(ピアノソロ作品は入眠時に聴くことが多いので)
良い具合に音が暗い(音の解像度が高すぎると、響きが綺麗過ぎて逆にかしこまってしまうので)
最初から最後まで完全にピアノの音だけで構成されている(他の音が入ってくると気が散ってしまうので)

と、この4つが満たされている作品です。そしてこの4つが満たされている作品はなかなか無く、見つけるのに苦労しています。

今回御紹介するのは、この要件に関して私が納得の行った5作のピアノソロ作品です。
街の喧騒。インターネットの喧騒。テレビやラジオ、新聞などのメディアが発する喧騒。あらゆる騒がしさに包まれているこの日本という空間において、このような静けさ・清潔さのある作品を求めている方もいらっしゃるのではないか、という思いを抱き、この5作を文章でシェアしたく思います。
全て各サブスクリプション・サービスで聴ける作品なので、是非チェックしながらお楽しみ下さい。

1:ブッゲ・ヴェッセルトフト「Everybody Loves Angels」

ノルウェーのジャズミュージシャン・ピアニストであるブッゲ・ヴェッセルトフトの2017年作。
ブッゲは1983年にプロになってから1980年代末までポップス、ロック、ジャズ界のバンドに参加。ジャズ・クラシック系の作品リリースで有名なECMレコードとも契約を結び、ヒップホップやクラブ・ミュージックをも取り入れながら自らのピアノ演奏を拡張するなど、ピアニスト界で一際個性を放つ演奏家です。

「無重力の安らぎ」をテーマとした本作は、一般的なジャズにありがちな不協和音や捻り過ぎたコードワークを排し、極めて美しいメロディーの粒子で構築した傑作。サイモン&ガーファンクル「Bridge Over Trouble Water」は優しく聴き手を包み、ジミ・ヘンドリックス「Angel」はもはやジミヘンの曲と思えないほどソフトなピアノ・バラードに変貌しています。ボブ・ディランの「Blowing in the Wind」は原曲のコードを綺麗に異化させた憂いある好解釈。

そしてこのアルバムのピークポイントは、何といっても終盤3曲の流れでしょう。
ローリング・ストーンズ「Angie」は坂本龍一氏の楽曲のような端正な涙の結晶。
なんとブルーノ・マーズの楽曲を取り上げた「Locked out of Heaven」は本作屈指のクールで煌めくようなメロディーをたゆたわせる大注目の一作(個人的にはこのトラックが本作のベストです)。
最後はビートルズのスタンダード「Let It Be」の音を慈しむような安らかなる演奏で締め括る。老舗な料理店のフルコースに散々舌鼓を打った後のような充足感とともにアルバムは幕を閉じます。

以上、本作はとにかく美しいメロディーの宝庫です。退屈かつ遅々として何も進まないような日常にイライラして、美麗な何かしらに思い切り酔いしれて明日の活力にしたい!と願う方には是非とも聴いて頂きたいと思います。
「美しさ」という言葉は時として安易・曖昧な表現に映りもしますが、このアルバムを聴くと、これは音楽というフォーマットが鳴らせる最大限の美しさである!としか言いようがありません。「美しさ」とは何かを知ることができる名作です。

2:ビル・エヴァンス「Conversations With Myself」

数多くのジャズミュージシャンの中でも高い知名度と評価を誇るアメリカの名ピアニスト、ビル・エヴァンスの1963年作。
エヴァンスは1940年代後半〜1960年代後半に活性化した「モダン・ジャズ」と呼ばれるスタイルのジャズを代表する演奏家です。ドビュッシーやラヴェルなどの影響下にあるコードワークや様々なジャズのスタンダード曲を自らの個性によって再解釈する鋭い手捌きで後世の音楽界を導きました。

本作の内容は、エヴァンスが一人で三人分のピアノを多重録音することによって一人で擬似的なセッションを行った作品です。当然ピアノのみが入っており、エヴァンスの作品の中でも美しいメロディーをひたすら抽出しているような作品に仕上がっています。
この時期にエヴァンスは自らのバンドの優秀なプレイヤーであったスコット・ラファロという才人を不慮の事故で亡くしています。本作に溢れる陶酔的なメロディーは、辛い現実を見つめて、せめて演奏しているひと時だけでも美しいメロディーの中に漂っていたい、とエヴァンスが感じたからこそ生まれたように思ってしまうのは単なる勘繰りでしょうか。

本作で最も美しい楽曲はやはり「Love Theme From ‘Spartacus’」でしょう。一回聴けば忘れられないような旋律の強靭さはリリースから何十年も経った今でも全く衰えません。「Stella By Starlight」もタイトルからして美しいスタンダード曲ですが、本当にサウンドが煌めいています。
自らのピアノを録音の段階で重層的に連ねる、という、実はジャズ界のレコーディングでなかなか使われない方法を使うことで得た複雑かつ神秘的な響きが素晴らしいです。ピアノという楽器を使った音の組み合わせ方に対する真摯な追求と、エヴァンスが持つ冴えた知性がはっきりと見えます。

「自己との対話」という邦題が見事に示しているように、自分の内省的な部分を誠実に音へ還らせていくようなエヴァンスのピアノ演奏。これはピアノの音を求めている方にはマストですし、私にとっても見事に愛聴し続けたい作品となりました。
このアルバムの多層的な響きが気に入った方には続編である「Further Conversations With Myself」も存在しますので、そちらも是非お聴き下さい。

3:キース・ジャレット「Staircase」

ジャズからクラシックまで様々な音楽を演奏し、あのマイルス・デイヴィスのバンドにも一時期所属した経験を持つピアニスト、キース・ジャレットの1976年作。
完全即興によるピアノソロのコンサートを世界各地で何度も行い、その演奏を収めたアルバムを大量にリリースするなど、ピアノひとつで様々な風景を描いてきた実力者が放ったこの「Staircase」。本作は当初、映画のサウンドトラックとして録音された物でした。録音は比較的早急に終了し、その出来が素晴らしかったことからこのアルバムがリリースされたとのことです。

アルバムは「階段」「砂時計」「日時計」「砂」の意味を持つ4つのパートで構成され、トータルタイムは1時間14分とCD1枚分で換算すれば一杯一杯の分量。
そして内容は、有り体な言い方かもしれませんが「宇宙」を感じさせるピアノソロ。時にリズムを崩しながら、儚い流星群のようにピアノの音がバラバラと降り注いできます。
ジャレットの作品には不協和音がふんだんに使われた難解な物もありますが、このアルバムは調和の取れた、それでいて何層にも音が重なり合うような美しい音がぎっしり詰め込まれています。時折聴こえてくるジャレットの旋律を口ずさむハミングまでもが美しい。

様々な和音が四方八方へと入り組み、美しいうねりを描いていく様相はジャジー、クラシカル、というよりは完全にサイケデリックの領域。安易に法に違反するようなことを歌ったり気取ったりするようなロックンロールやパンク、ヒップホップ・ミュージックより、ある意味で何倍も「危うい」音楽であると私は感じます。この音に心から魅了されてしまうとと、現実世界の慌ただしさになかなか帰って来られなくなるような感覚があるのです。それくらいに美しい、何も言えなくなる、見事なアルバムです。

また録音状態も技術が発展途上状態であったはずの1970年代とは思えないほど素晴らしい!私は特にオーディオマニアと言える人間ではありませんが、これはなるべく良いスピーカーで聴いた方が良い、ということは一発で分かります。音の臨場感、粒立ちが背筋も凍るほどに良いです。それでいて、良い具合の翳りや儚げな感覚もある。完璧です。

とにかく日常生活のイライラや鬱屈を何らかの力で全て吹き飛ばしたい、と願う方には是非聴いて頂きたいです。法に抵触するようなアウトローな快楽など、ジャレットのピアノを浴びるように聴く快楽に敵う訳がありません。罪を犯してでも快楽を得ようとする人々が増加し続ける日本社会において、ジャレットのピアノに溢れるこの豊かさは再び聴かれていくべき原石でしょう。「Staircase」を聴いていると、そういうことを思ってしまうのです。

4:ブラッド・メルドー「Suite: April 2020」

その清廉に澄んだピアノ・サウンドでチャーリー・ヘイデン、パット・メセニーといった名だたるジャズ・ミュージシャンと共演を果たし、ロック・ミュージックをピアノひとつでジャズ〜クラシック的に見事再解釈するなど、近代のジャズ界において最もセンスに溢れた演奏家の一人であるブラッド・メルドーの2020年作。

この「Suite: April 2020」は、新型コロナウイルス流行後の暮らしや、それにまつわる個人的な感情の変化をテーマにした一作。
本人曰く、例えば「Uncertainly」という曲は「不透明な将来に対しての虚ろな不安」がテーマ。「Lullaby」は、不眠に苛まれる人々にメルドーが贈る子守唄。という風にそれぞれ一変した社会状況と、その中を生きている人々に対するメッセージが込められています。また、ニール・ヤングの「Don’t Let It Bring You Down」を取り上げた理由として彼が語るのは、歌詞が常に自分に助言を与えてくれる物だったが、今ほどそれが身に迫る時は無い、という実感です。メルドーが注目している歌詞の対訳を記しておきましょう。

ー気落ちしては駄目だ・ただ城が燃え落ちているだけじゃないか・変えていこうとする人を見つけるんだ・そうすればきっと、道が開けるからー

本作はまさに、情勢が煽る不安の波と真摯に向き合った作品です。しかしありきたりなシリアスさの持ち出しに陥らず、一貫して優しいピアノの音に多くの救いを感じます。メロディーもソフトで耳当たりが心地良く、微量に混じる不協和音すら自然な運びに思えます。
社会の流れが悪化していく中、絶望や悲しみばかりをクローズアップするのは表現としてあまりに安易であると、不束者なリスナーながら私は感じてしまいます。本作において、メルドーは何よりもまず希望を提示せんとしています。これは非常に素晴らしいことではないでしょうか。

何か落ち着かないような、困惑がひたすら続いているような気持ちの時に是非聴いて頂きたい作品です。特に組曲が終わった後に続く、小品ながら完璧に満ち足りている最後の3曲のカバーがとても贅沢な音楽体験です。

5:小瀬村晶「88 Keys」

そして、日本にもコロナ流行後の世界から生まれたピアノソロ作品が存在します。それが小瀬村晶氏の「88 Keys」(2021年)。
小瀬村氏は2007年にオーストラリアの音楽レーベルからデビュー作を発表後、「日常に捧げる新しい音楽の形」を提唱し、音楽レーベルSCHOLEを立ち上げます。自身の作品発表と映画、テレビなどのメディアへの楽曲提供を柱に活動を続け、ピッチフォークなど海外の大手メディアでの国際的評価も大きい。様々なジャンルを手掛けながらもピアノ曲の評判が非常に高い音楽家です。

緊急事態宣言が発令された2020年春から氏のプライベートスタジオにてレコーディングが開始。そして完成した本作はメルドーの作品と同様、不安を鎮めるような優しいトーンの平和的な作品に仕上がっています。全曲がゴンザレスやエイフェックス・ツインのピアノ曲にも通ずる手触り・耳触りの良いオーガニックな雰囲気。鍵盤が押され、揺れる音までも美しく聴かせます。

曲の切れ目もほとんど分からないほど全ての楽曲が統一感に満ちていて、しかも全てのメロディーがたまらなく綺麗!その潔癖さが印象的です(個人的な話をしますと私は長年潔癖症で、こういった綺麗好きな作品には問答無用で惹かれるのです)。これは日本に生まれて日本に住む方には特に馴染みやすいピアノ・アルバムではないかと思います。日本の潔癖な風土とこのアルバムは見事にマッチしている気がするのです。

曲名通り、「木漏れ日」の暖かさ、優しい光を音楽に具現化したような慈しみ溢れる作品なので、どんな状況にも合致すると思われます。是非お聴き下さい。

音に浸る喜びをピアノソロで改めて実感

以上、私がぴったり来たピアノソロ作品を5つ御紹介致しました。
ピアノだけで構成された音楽の良いところは、何も考えず音に浸れる!心を居心地良く保たせてくれる!と、もうそれに尽きるのではないでしょうか。
実際、こういったピアノソロの作品は気持ちを鎮め、ニュートラルな位置まで戻してくれる作用があります。私もその効能によって毎日の騒がしさの中でも比較的ニュートラルに暮らせています。日常におけるマインドセットのためには最も適している音楽と言っても良いでしょうし、もはや音楽としてだけではなく、心を落ち着かせてくれるインテリアや雑貨類のようにこの5作は見事機能します。

私にとってピアノソロ・アルバムはなくてはならない必需品となりました。これからもこういった、気持ちを鎮めてくれるような作品を継続して探していきたいと思います。

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