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2019.10.10:フリーペーパーVol.43発刊!

バスの中で思った「民族間紛争が起きる理由」

民族間紛争のきっかけは日常の中に

日本人にとって、テレビの中だけの問題だった「民族間紛争」。それは、日本人が単一民族だからこそ免れ続けてきた、ある種の幸運。

コミュニケーションの重要性にいつまでも真正面から向き合わず、皮肉にも日本人は「目は口ほどに物を言う」文化を自主的に育んできました。

入国管理法(出入国管理及び難民認定法)が改正され、外国人にとって以前より住みやすくなってきた日本。国内各地で、外国人を見かける場面が増えてきました。

民族間紛争を起こさないために

鹿児島市浜町、鹿児島駅前のバス停から天文館方面のバスに乗りました。

所属しているスポーツサークルの練習を終え、私はグラウンド近くのバス停から帰宅する途中にありました。バスはすでに半分くらい座席が埋まっていて、私は最後尾から2列目、2人掛けの席を使いました。

どこの国の人か分からない

乗り口に近い真ん中あたりの席に、通路を挟んで左右、2人の若い男性がスマートフォンの画面を見せ合いながら大きな声で喋っていました。

私は「外国人だな」とすぐに気付きました。
おそらく、目的地に降りてからの行動の確認、バス運賃や支払いの方法などを、小さなスマホのブラウザを開いて一生懸命調べていたのだと思います。

言葉は英語でした。ただし、アジアなまりの強い英語で、発音、イントネーションの特徴などから察するに、おそらく東南アジア、タイ、マレーシアあたりからの観光客だろうと、なんとなく分かりました。

言葉が分からないという重圧

私は少しだけ英語が聴き取れます。理解出来ない方ではありません。声が混雑した道路やバス社内の雑音と混ざっても、英単語の片鱗から何となく彼らの言いたいことは分かります。

近場の地名が複数出てくれば行き先・乗り継ぎ先、料金表に掲示されたものと同じ百円単位の数字が出てくれば運賃の話、難しい単語が出てきたら人名や彼らしか知らない地名の可能性を疑います。

ただし、頭は少しだけ英語を聴くとき用に切り替えます。耳を一時的に英語耳にするのです。普段から英語学習の習慣がある方なら、分かりますよね。

紛争は自分自身の中から起きる

バスは浜町の閑散とした海岸通から、雑踏でごった返す天文館に入りました。その景色は私にとって見飽きたもので、自分ではあえて見ようとも思わなくなったものです。

彼らは窓に顔を近づけ、一生懸命に周囲の変化に目を配っています。

違和感は違和感として

私自身が特に細かいことを気にする中年になってしまい、むしろ自分の方が、おかしな考え方を持っているのかも知れません。だから、いちいち気にして問題にする方が、さらに問題をややこしくしてしまうきっかけを作ってしまうのかもしれません。

しかし、他人の考えていることが分からないとき、私たちはものすごく警戒します。表情がどうあったとしても、言葉で内容を理解出来ないことは不安ですよね。

ボディランゲージ、ブロークンイングリッシュ、心があれば言葉はいらない、などの理想が実現するとしても、それはそれでそうあるに越したことはないけれど、でも、日本人に限らずどこの国の人であっても、意味を細かく定義できる言語で内容をしっかり理解できる意思疎通以上に、理解しやすいコミュニケーションなど、存在しないのではないでしょうか。

「分からない」という警戒心は「敵意」となり、自分と相手の間に見えない境界線を引いてしまいます。日本人同士なら、日本語で話し合っていれば、言葉上の細かい誤解を微調整しながら進めていくことが出来ます。しかし相手が、自分には理解できない外国語を話しているとしたら……

細かいどころか、英語でしゃべっている相手が大きな誤解をしてしまったり、自分の言うことが正確に相手に伝わっていないと薄々気づいたときですら、私たち日本人はその都度わざわざ英語での修正説明などを入れようとはしませんよね。それをしてあげた方が本当は正直で親切な行為なのに、

なんとなく自分がおかしな人みたいに見られることを、私たち日本人はものすごく嫌がるから。

その場はそれで済んでしまうことでしょうけど、そういった細かい誤魔化しを重ねていくにつれ、誤魔化しの蓄積に気付いた2人の間には明瞭な「不信感」が育ってしまうもの。そうして育ってしまった不信感は、簡単には払拭することの出来ないものです。

相手の言うことが理解できなかったときは、素直にその旨を相手に伝えましょう。「今言われたことが、分かりませんでした」と、日本人の得意な(アルカイックスマイル)を見せればいいだけです。

紛争回避

もし、私が英語などまったく聞き取れない人間だったら、おそらく今回遭遇したこの場面において私は「何も感じられなかった」でしょう。敵意など、持たなかったと思います。

それならば、この記事の読者からは「おい、違和感はどうしたんだ、なにも感じないなら、その方が安全なことじゃないか」との、叱責が聞こえてきそうです。

蓄積された感情には勝てない

例えば職場で、互いの仕事が互いの利害関係につながる場合、言葉が分からないことによって積み重なる不安、不満、不信感は、より大きな問題として幾何級数的に積み重なっていくのではないでしょうか。

最初のマイナスが次のマイナスを生み、2つのマイナスがそれぞれマイナスを重ね、まるで下に凸の二次関数曲線が右上に急上昇していくかのように、累乗数に歯止めが効かなくなっていくでしょう。

争いは小さな原因から発生します。むしろ、原因が小さなものであるほど事態の回収は難しくなりがちです。だからといって、外国語を学べば問題が解決するといったものでもありません。認識の食い違いで民族間の信頼が失われてしまう例は、国単位で言えば近ごろ日本と韓国の間でもありました。民族間紛争を起こさないために必要なことは、私たちは「違うんだ」という意識を徹底的に自分自身に言い聞かせることです。

現代の平和は、性格のいびつに異なる無数の人間が、自分の思想や理論が最も正しいと主張し合うことで、なんとかバランスを保っている状態にあるといえます。現在、私たちが享受している平和は、そんな当てにならない不安定な同意のもと成り立っているに過ぎません。一度失った信頼関係は簡単には戻ってこないから、認識の歪みを調整しなければなりません。そのタイミングは私たちが思う以上に早い段階で訪れるもので、今、ここでしか、出来ないものだろうと思います。

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