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2018.9.10:フリーペーパーVol.30発刊!

AIと人類の縮図?車の安全装備高性能化と運転技能の低下

自動車の性能が向上するほど、人間の運転技能は低下?

最近再び増加の傾向を見せる、高齢ドライバーを中心とした自動車の暴走運転。
アクセルとブレーキの踏み間違いによる事故が多数を占めています。

技術力の進歩により、自動車の安全性能はどんどん向上しています。
一方、テクノロジーの向上と反比例するように、ドライバーの運転技能は低下しているのではないでしょうか。

技術力で安全をカバーするすることも、確かに一つの解決方法でしょう。
しかし、何より安心できる確実な安全機能は、ドライバー自身の安全意識や運転技能の向上だと思うのです。

自動車の安全装備を紹介

有名なものには、車両後部と車庫との衝突を防ぎ、スムーズに車庫入れするためカメラで後部を撮影して衝突を防ぐ「バックモニター」などがあります。

よほど以前に発売された車でもないなら、何らかの安全装置は備わっているのではないでしょうか。

いろいろな安全装備

例えば、衝突回避支援システム「スマートアシストⅢ」。
各メーカーが標準装備に採用するなど、非常に安全性能の高い機能です。

ステレオカメラとソナーセンサーで「目」と「音」の感覚を備え、衝突警報機能や衝突回避支援ブレーキが、歩行者を事前に捉えて衝突を回避します。

各自動車独自の装備

SUBARUのアイサイトやMAZDAのi-ACTIVSENSEなど、安全装備は人口の眼を備えたように、人間の知覚器官を再現するようなものに進化しているようです。

人間自身が安全

知覚器官を擬似的に自動車に装備する目的は、車両そのものが人間の感覚機能を持つことを目指したものです。

つまり、人間自身が安全なら安全装置を別に作らなくても良いということです。

補助があると弱くなる

人間とはそのようなものだと思いますが、誰かに助けられると自分が成長しないものです。

以前の自動車は技術面の限界もあり、今ほど豊富な安全装備が付いていたわけではありません。

オートマチック車よりもマニュアル車が一般的で、運転免許のAT限定が始まったのも1991年でした。

ATとMT

私が運転免許を取得したのがその数年後でした。

当初MTで教習所に申し込んだものの半クラッチの坂道発進に何度も失敗し、どうしても上手く行かず、降参してAT限定免許の講習に切り替えて免許取得しました。

もし、AT車というものが存在せず、教習所にAT限定というコースがなければ、私も必死になってマニュアルの運転免許を取得していたのかもしれません。

本当に安全な運転とは

昨今のアクセルとブレーキ踏み間違え事故や、高齢ドライバーによる認知症が疑われる事故などを見ると、技術面での車両性能向上だけに頼っていてはいけないとも思ってしまいます。

自動車と運転手双方の進化

安全性能を車に求めれば、どこまでも貪欲になることが出来るでしょう。
技術面の追求はもちろん素晴らしいことです。
異論はありません。

しかし、そこに甘えてしまって人間の運転技能そのものが停滞してしまったら、技術面の進化をそのまま安全性能の向上と見るわけにはいかなくなるかと思うのです。

安全性能の向上と人間

自動車の安全性能は、事故を事前に察知するシステムを搭載することで格段に上がりました。それなのに、自動車の暴走事故は一向に止む気配がありません。

最近では高齢者の方々を中心に、ブレーキとアクセルの踏み間違いによる路上の暴走事故が再び増えています。それと同時に、暴走した乗用車が歩道に乗り上げ、歩行者を轢き殺してしまう事故も頻発しています。

事故を防ぐためにテクノロジーで事前に防ぐという解決方法は、結果的に事故を起こさないという点で、確かにそれで良いのだろうと思います。

その一方で、さまざまな安全防止機能が無くても安全運転できるドライバー側の運転技能の向上が見込めれば、それ以上に確実な安全対策はない、とは思いませんか?