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2018.11.10:フリーペーパーVol.32発刊!

「薩摩剣士隼人」外山雄大監督、鹿児島のヒーローを作った男への取材記録(3)

監督はそれから、ヒーローものへの愛情を深く語りました。

当時、自分が日雇い労働に従事しながらドラゴンサーチャーの運営に携わっていた話から、当時の年齢32歳で「オモチャキッド」開発にいたった話。

また、開発のきっかけとなった孤児院の話に移りました。

十分でない備品

通常の保育園では1人に1冊があてがわれる「チャイルドブック」も、そこではすべての児童に対し1冊が用意されだけとのこと。

未就学児の場合、孤児院の中に保育園があり、園舎は古い市営バスを使ったもの。
周囲には砂場が用意されていたとのことです。

孤児院での記録

外山さんが大きな車で来ると、子どもたちは「乗りたい、乗りたい」とせがむのだそうです。職務上、簡単に乗せてしまうことは難しいのだそうですが、外山監督は乗せていたと… 車が出発してから暫く経つと児童から、不安の声が。

園児A「え、どこまで行くの? 僕なんか遠くまで行ったらまた捨てられる
外山「え、誰がそんなこと言うの?」
園児A「先生がそう言うんだもん」

その言葉から外山さんは、その後何度か、色々な園に泊まりに行く試みを実行したとのことです。外山さんは語ります。

「実際その子どもたちが夜どんな生活をしてて、何を考えているのかな、っていうことを考えようと思って、やっぱりこう、なんていうのかな、言ったらこう、よく分かんないよ僕普通のおじさんなんだから(笑)。なんだけど、まあ、先生先生って、みんなすごく、優しく受け入れてくれて、『先生、僕達の部屋で寝るんだよねー?』って、未就学を中心に、大人の取り合いになるんだよね。ぎゅっとしてもらいたいというか、スキンシップに飢えてたり…」

さらに、大人である外山監督をなんとか引き留めようと遊びに誘うすごろくが何年も前の古い「なかよし」の付録だったお話もされました。

クリスマスやお正月には、企業から「知育玩具」「積み木」「ブロック」「名作劇場」などのおもちゃが寄付として集まるのだそうです。

しかし、子どもたちが本当に欲しいものは自分だけのおもちゃであり、それは「戦隊モノ」や「プリキュア」なのでした。

子どもは聖人ではない

クリスマスなどの行事になると今も外山さんは「薩摩剣士隼人」を引き連れて園に向かうのだそうです。

大手コンビニが協賛してくれたおかげで「プレミアムチキン」、お寿司など、子どもたちは比較的良い物を食べています。

しかし園の先生が言うには、子どもたちが本当にほしいものは、買い食いできる「からあげくん」や「うまい棒」であるとのことです。

大人は、名作文庫を届けようとしますが、子どもが欲しがっているものは「なかよし」であり「コロコロコミック」なのです。

このように、孤児院の現場の声からヒントをもらい「いい子にしてたらおもちゃを持ってきてくれる」オモチャキッドの開発につながったことをお話くださりました。

取材の最後、これまでさまざまな開発を主導してきた外山監督に尋ねてみたことがあります。

名人「病弱でベッドに臥せているばかりだったころの自分に対して、言ってやりたいことは、ありませんか?その声が、いま、昔の外山監督と同じような境遇にある子どもたちへの力になるのかもしれません」

外山「さっき、合コンする話したけど、ある保育園の先生と合コンしたの。そしたら僕、最近、立志式で呼ばれるんですよね、立志式に向かってたらその女の子からメール来て『大人になるって楽しいんだよってことを伝えてあげてね』って来たの」

監督はそこでグイッとお茶を飲み、さらに、

「なんか、僕中学の頃と同じように気ぐるみ作ってるんだけど同じこと今もしてるんだよね。僕いつも子どもたちに言うのは、14歳のときに見た夢がスケールが小さくなっていくんじゃなくて、今、48歳のときに見れる夢の方がすごく壮大だし、大変なことも結構あるんだけど、決して辛いことばかりじゃなくて楽しいこともあるし、もっと可能性は大人になるほど広がるし、みんなも、楽しい大人になれるような、考え方をできたらいいなと…」

今回の取材で外山監督は他にも、多くの経験とこれからの計画をお話しされました。

連載4弾目として、それらの内容も近日ご紹介すると思いますが、薩摩剣士隼人監督「外山雄大(とやまたけひろ)」さんへの取材記録は、ここで一旦休息をいただきます(了)

取材前編はこちら>>
「薩摩剣士隼人」外山雄大監督、鹿児島のヒーローを作った男への取材記録(1)

取材中編はこちら>>
「薩摩剣士隼人」外山雄大監督、鹿児島のヒーローを作った男への取材記録(2)