国の特定難病疾患に指定されているクローン病。年々、右肩上がりで発症する方も多くなってきていて、全国で約40,000人ものクローン病患者の方がいらっしゃいますし、僕もその病気の1人です。今回僕がクローン病を発症した頃の様子を語りたいと思います。

【クローン病については下の記事を読んでみてください!】

難病「クローン病」と闘うぼくの事と、体調変化についてお話します。

小学生まではものすごく太っていた

小学3年生から小学5年生の頃まで僕はものすごく太っていました。小学生の頃の写真を友達に見せると…

「わぁ!めっちゃ太ってるやん」

と一目で分かるほどでした。小学4年生のときに保健室の先生から呼び出しの連絡があって、「太り過ぎが心配だから病院に行くように」と注意が与えられるほど太っていたんです。結構食事もお肉やラーメン、ファーストフードやスナック菓子といったものをたくさん食べていました。

小学6年生から徐々に痩せてきてた

小学6年生、卒業式のクラス全体写真を見ると明らかに痩せてきているんです。別にダイエットをしているわけでもなく、食事も控えているわけでもなく。中学1年生の頃にはもう標準体重より以下ぐらいになっていました。

多分、「この頃からクローン病の疑いがあったかもしれない、」と僕は思っています。

中学2年生の夏、突然謎の腹痛に襲われました。床に転がるぐらいにお腹が痛くてそれが何日も続いたのです。それを心配したお父さんが「これはおかしい…」と翌日病院に連れて行ってくれました。

腹痛の原因が分からず、不安だらけで検査入院へ

小児科で診てもらったのですが、レントゲンを撮っても、採血しても、腹部エコー検査をしても先生から…

「腹痛の原因が分からない」

と言われ、人生初めての検査入院をすることになった僕は、恐怖心からだと思うのですが、その場で大泣きしてしまいました。

「注射を何本も刺されるのかな?なんか管を体に入れられるのかな?手術になっちゃうのかな?」

と不安なことばかり頭に浮かんできて、本当にショックでした。

検査入院2週間後にクローン病と診断される

入院しても、約15分〜30分の間に腹痛があって、痛み止めの薬を飲みながら生活していました。食事も普通食が出され、売店にあるお菓子なども食べてました。検査もCT、大腸カメラ、胃カメラ、小腸内視鏡検査といったキツイ検査を泣きながらも頑張って受けました。

体調も変わらずそのまま入院生活2週間後、突然主治医から「話があります」と相談室へ親が呼び出されて、僕は腹痛で行けずにベッドで看護師さんと待ってました。

1時間後、親が病室に帰ってきたらお母さんは少し涙目になっていて、

「あんたね、腸が悪いんだって」

と言われ、その時は僕も、

「はぁ?」

とポカーン状態。そしてお父さんが、

「これからは栄養剤というのを飲むらしいって」

と聞かされました。

その後、主治医の先生から、

「○○君←(自分の名前)明日から絶食になるから。病名は「クローン病」と言って、食べ物を摂取すると腸に炎症が起こる病気だと分かったの。しばらくはこのような美味しいご飯は食べられない」

とのこと。まず「クローン病」という病気を聞いたこともないから本当に頭が真っ白状態でした。自分がどのような病気かよく分からずに翌日から食事は出なくなり、「エンシュアリキッド」「エレンタール」いう2つの栄養剤を飲むことになったのです。

退院してから給食も図書室で

退院したときは9月中旬、2学期も始まっていてクラスのみんなも、

「大丈夫だった?」「久しぶり〜」「おかえり」

と励ましの声をかけてくれました。ですが、食事ができない…つまりクラスメイトとみんなと一緒に給食が食べられないので、先生の計らいで1人だけ図書室に行って過ごしていました。この状態で中学3年生まで過ごし、クラスメイトの何人かから、

お前、なんで給食のときだけい教室にいないんだよ!」

と突っ込まれることもありました。そこは担任の先生が説明してくださったらしく、それからみんなも普通に僕と接してくれました。

 

とこんな感じで僕のクローン病、発症時の様子を書かせていただきました。ここから一生クローン病と付き合っていくことになったのです。

ひふみよベース紫原で仕事をすることになった今までに、いくつもの入院、手術、そして病気への相手からの理解と様々な困難や壁にぶち当たってきました。

医療技術が発達し、現在はいろいろな薬が開発され、病状が寛解するまでにはなりました。

でも、僕はクローン病に負けません!

今は不治の病かもしれないけど、完治する薬がきっと開発されることを心の中で刻み込みながら、ひふみよベース紫原のみんなと頑張って生きていきます!