大分県立竹田高校で2009年、剣道部の主将だった工藤剣太さんが練習中に重い熱中症で倒れました。

当時の顧問はそれを工藤さんの演技であると判断し、工藤さんの気持ちを奮い立たせるためとして、その後も平手打ちを浴びせたと言われます。

顧問は自身の行為を暴力ではないと認識し、工藤さんの状態を「熱中症の症状とは明確に思わなかった」と語っていたとのことです。

少年1人が死んで、それでも争う県側

この事件は教員という公務員によるものであるという点から、遺族には県が賠償金を支払い、顧問および顧問と同じく現場に居合わせていた副顧問ともに、個人に対する処分を科すことはできないとのことでした。

遺族である両親はこれを不服とし、裁判で争っていました。

顧問は停職6カ月、現場に立ち会わせていた副顧問は停職2カ月
それが、2人の教員に対する処分でした。

後に県の負担分のうち100万円を顧問個人に負担させるとの判決が大分地裁で下されましたが、県はこの判決にも控訴しています。

教育者のとった行動

裁判に勝つ負けるはさておいて、彼らに、自分たちが責任を持って預かった未来のある少年の死を悼む気持ちはないのでしょうか。

賠償が正当であるとか言う前に、親にとってなによりの宝である子どもの命を学校側の不備で奪ったのだから、まずご両親の前に出向いてきちんと頭を下げて非を認め、言葉ではっきりと謝罪してほしいと思います。

それは、学校という場所でほとんどの日本人が小学校1年生で先生から学ぶ、勉強よりずっと大切な礼儀でしょう。

しかし、彼らが選んだのは謝罪ではなく法廷での争いでした。判決が下されるまでは「熱中症の症状とは明確に思わなかった」と主張していたとのことです。

平手打ち(と、顧問は語っている)を浴びせるだけでも暴行です。しかも、未成年に対する。

これだけでも十分な逮捕理由とはならないのでしょうか。

問われない責任

部活動は、剣道部のような運動部なら、スポーツを通して青少年の心を育み、困難を乗り越える強いと健康な身体を育てるためのものです。

さらに、「健康」で豊かな情緒を育てることが前提としてあります。

顧問を務める教員は、その実現のために職務を全うしなければなりません。教育の名のもとに『死なせる』というのは、部活動の意図するものとは真逆のものです。

熱中症でフラフラ、自分が竹刀を落としたことにすら気づかない意識朦朧の少年を見て、なぜ演技と判断したのでしょう?

意識を失って倒れてそれでもなぜ、平手打ちを浴びせたのでしょう?

さらに少年の意識朦朧状態が長く続いたにもかかわらず、救急車を呼ぶまでになぜ数時間もかかったのでしょう?

その辺を考えただけでも、法廷で「熱中症の症状とは明確に思わなかった」と発言していますが、後に重度の熱中症による死亡と医師が診断しているわけですから、熱中症と気付いてあげられないだけでも最低でも業務上過失致死にはならないのかと、刑事罰の対象にならないのか疑問でなりません。

法律の規定により、公務員が職務中に与えた損害は県が代わって賠償すべきとして、顧問、副顧問の2人には個人的な賠償責任は問われませんでした。

このことに関する後の裁判では、顧問に対し4,000万円余りの県の賠償のうち100万円だけ負担するよう判決が下りました。

人を1人死なせておいて、賠償金たった100万円払って済んで、停職期間6ヵ月が経過すれば元の通り教員として学校に復帰してその後も何事もなかったかのように自分の人生を謳歌できるという、剣道部顧問への罰則はあまりにも軽すぎると誰もが思うことでしょう。

「公務員だから」賠償は県がするという法律があるから、剣道部顧問は個人ですべての罰を受けずに済むという理不尽を正すことが、今後必要です。

そして、学校という特別に閉鎖された空間で行われている教育への、一般市民からの目が届く環境整備と、それを実現するための法整備に、国と文部科学省主導で、各地方の教育行政も含めて、変化をもたらすよう動いてほしいと願います。

工藤剣太さんは亡くなりました。

高校の部活で、

練習中に。

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