『涼宮ハルヒの憂鬱』
エッセイ
ライトノベルに親友を奪われてからひと月が経っていた。
UKロックと珈琲をこよなく愛し、飲み会を至高の喜びとしていたSが、アニメ表紙の小説、『涼宮ハルヒの憂鬱』を強く薦めてきたのがそもそもの始まりだった。
私ともう一人の友人Mは、アニメの絵の表紙を見て正直戸惑った。ところどころに入っている童顔でたいそう胸の大きな女の子の挿絵を見て「アニメ乳やないかい」と思った。
Sがそのライトノベルの面白さを力説すればするほど、私たちはSと距離を感じた。その頃私は読書を始めたばかりで(しかも芥川賞作品がほとんどで、割と硬い本ばかり読んでいた)、本は好きだが当時でいう「萌え」には抵抗があった。
Mと二人っきりになったとき、Mはしきりに「Sくんは変わってしまった。Sくんが唇につけているピアスはもう輝きを失ってしまったよ。読んでもいないのに悪く言うのは良くないけど、あの絵には抵抗があるし、絶対に読まないよ。内容もきっとそこまで面白いとは思えないよ」と言った。
人を絶対に否定しないMがそこまで言うということは、よほど抵抗を覚えたのだろう。私は強く同意した。
その10日後、なぜかMはSとキャッキャウフフしていた。「『涼宮ハルヒの憂鬱』ほんと面白いよね」と語り合っていた。
10日前の「絶対に読まないよ」はなんだったのか。しかもMは私のもとに駆け寄ってきて「くまさんも絶対読んだ方がいいよ」とおすすめしてくる始末。
あぁМよ。ハードロックを聞きながらヘッドバンキングしていた君はどこに行ってしまったのか。それから、なんとなく2人とは距離ができた。
ひと月後
ライトノベルに親友たちを奪われてからひと月が経っていた。その日一人でタリーズが併設されている商業ビルに行った私は、買いたい本があったのでコーヒーを飲む前に書籍コーナーに立ち寄り、小説を吟味していた。
すると左ななめ後ろから誰かの鋭い視線を感じた。振り返るとSとMが驚いた顔で立っていた。
私は小説を握ったままとっさに逃げ出した。Sが「待てコラ、逃げんな!」とマンガのようなセリフで追いかけてくる。
私はすぐにSに取り押さえられた。Sに掴まれた私の左手には、『涼宮ハルヒの憂鬱』の3巻と4巻が握られていた。
ーーライトノベルは親友たちの心を奪ったのちに、こっそり私の心をも奪っていたのだ。1巻、2巻では飽き足らず、その日、私は続きを買いに来ていたのだった。
つまり、まぁ、なんというか、『涼宮ハルヒの憂鬱』はちょっと信じられないくらいに面白かったのだ。絵も好きになっていた。結局、元来飽きっぽいSとMは2巻までしか読まなかったが、私は8巻まで読んだのだった。
『涼宮ハルヒの憂鬱』は、作者の五十音順に並べられた私の本棚の中で、太宰治と谷川俊太郎の間に挟まれながら、アニメ乳を私に見せびらかす。
このエッセイで紹介した本
『涼宮ハルヒの憂鬱』谷川流/著
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