『短歌ください』穂村弘/著
エッセイ
数年前に友人との待ち合わせでスタバに行ったときのこと。
先に到着していた男友達の席にコーヒーを持って行くと、テーブルに歌集『短歌ください』がこれ見よがしに置いてあった。
どうやら「俺、短歌も読んじゃうんだぜ」とその美意識の高さを周りの女の子にアピールしたいようだ。私は男に忠告する。
「僕も昔、ゲーテの『若きウェルテルの悩み』と『ファウスト』で同じことをしたことあるけど、本当に何も起きなかったよ」
男は少し笑ったあと、「まぁ読んでみろよ」というような顔でその本を渡してきた。
数ページ読んで思う。なんだこれ、すごく面白い!
結局、同じ本を購入した私は1日で読み切り、これまで発行された同シリーズはすべてハードカバーで買った。
現在
そして現在である。ある女の子が私の部屋に来ていた。しかも、私に割と好感を持ってくれている(気がする)女の子だ。女の子とは徐々にいい関係になりつつあるから、うまくいけば今夜付き合えるかもしれない。
女の子が私の200冊に厳選されたセンス溢るる本棚を見た。『短歌ください』を発見し、「この人、短歌の本も持ってるの? 素敵だわ」という顔をした。『短歌ください』の近くには、同じく歌人の木下龍也さんの本も置いてあることを発見した女の子の好感度は更にあがる。とてもいい雰囲気だ。
実際に『短歌ください』を手に取った彼女がページを開いてゆく。微笑みながら読んでいた女の子だったが、とあるページで急にその手が止まり、長いこと動かなくなった。「どうしたの?」とへらへらしながら後ろから彼女の手元を見た私は言葉を失う。
彼女の開いたページに、熟成期間2年程と思われる押し花が挟まれていた。しかも四葉のクローバーだった。
明らかに仲の良かった男女がキャッキャウフフしながら挟んだと思われるものだ。というか、昔付き合っていた女の子と一緒に本に挟んだことを思い出した。しまった、挟んだことを忘れていたから捨てるのも忘れていた。
後ろに立っている私からは女の子の表情は見えないが、どう肯定的に見ても嬉しそうではない。
2年前の押し花ということは、もはや過去の思い出なわけなのだが、そして私は今目の前にいるいい感じの女の子とこれからいい感じになりたいのだが、この“思い出”がやっかいなのだ。恋愛に発展しそうな初期段階においては特に。
彼女はそれから何事もなかったように本を閉じ、何事もなかったように笑顔でたわいのない話をしたあと、何事もないまま帰っていった。
モテる男への道は果てしなく遠い。
ーーもし俺が 宇宙人でも とりあえず いい人止まりで おわるのだろうな(本文の作品より)
このエッセイで取り扱った本
『短歌ください』穂村弘/著