『あのころ』さくらももこ/著
第二ボタンハンター
女の子に第2ボタンをねだられるのが夢だった。
中学生の時は叶わなかったが、高校の卒業式であっけなくかなった。
くまさん第2ボタンちょうだい、とクラスメイトの女の子に言われたのだ。隣には付き添いみたいな女の子もいる。この子、ほとんど話したこともなかったけど僕のことを憎からず思っていたんだな、すごくうれしい。
私は気持ちを表情に出さず「べつにいいけど」みたいな顔をしながらボタンをブチっと取り、女の子にあげた。
すると、付き添いのはずだった女の子が私を見て、「ねぇ、第1ボタンちょうだい」と言ってきた。なんと、この子ともほぼ全く話したことなかったけど、この子も僕のことを憎からず思っていたのね、うれしい。
私はまたしても「べつにいいけど」みたいな顔をして女の子にボタンをあげた。
高校はブレザーだったので、ボタンは2つしかない。私はボタンのなくなった制服を見て大変に満足した。
さてその後である。なんとその女の子2人組が、別の男達にもボタンをねだり始めたのである。
彼女たちは私のボタンが欲しかったわけではない。何故だか理由はわからないけれど、さえない男の第2ボタンを収集する“第2ボタンハンター”だったのだ。
その証拠に、彼女たちは私を含めて計4人の男達から第2ボタンを奪っていった。裁縫にでも使うのだろうか。
ーーややあって、意気消沈した私が教室を出ると、ある女の子がもじもじしていた。
「あの、くまさん。もしよかったら第2ボタンくれないかな、おずおず」
彼女は、高校2年生のときのバレンタインに、周りも驚くほど大量のチョコを私にくれた女の子であった。その真剣な眼差しから、彼女が本気で私の第2ボタンを欲しがっていることがわかった。わっしょい。
だが、ときはすでに遅すぎた。私は2個しかないボタンを第二ボタンハンター達に奪われた後であった。女の子に「ごめんね」と謝りながら、悔しくて涙が溢れ出たーー。
さくらももこのエッセイ『あのころ』を読んでいたら、ふとそんなことを思い出した。
もしあのとき女の子に第2ボタンを渡せていたら‥‥‥、いや、当時の私には、やはり第2ボタン狩りから逃れる術はなかったのだろうな。
このエッセイで紹介した本
みんな大好き「ちびまる子ちゃん」自体が何かノスタルジックな雰囲気のアニメだけれど、さくらももこさんのエッセイは皆の心にあるそれぞれの「田舎」を思い出させてくれます。ほろ苦さも含んだ懐かしさを感じたいときにはぜひ。
本のタイトル
『あのころ』さくらももこ/著