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2024/11/10:フリーペーパーvol.104発刊!

『マディソン郡の橋』〜大人の男女は目で語る

 『マディソン郡の橋』ロバート・ジェームス・ウォラー/著

エッセイ

一時期、クリント・イーストウッドの映画にはまっていた。

『マディソン郡の橋』は、写真家の旅人(イーストウッド)と孤独を抱えた主婦(メリル・ストリープ)の不倫を描いた話だ。

メリル・ストリープも好きだった私は、迷わずツタヤで借りた。素晴らしかった。特に雨のシーンがよかった。

まだそれほど親しくない男女が話していると、時々、映画の話題になる。私はその日、ある女性とディナーに出かけた。彼女はドリアを、私はパスタを食べていた。何を話したかはあまり覚えていない。たわいのない会話の方が、男女の仲を近づけることもある。そのなかで、映画の話が出たのだ。

「くまさんは、どんな映画が好きなんですか?」

好きな映画

ここで話は冒頭に戻る。彼女もイーストウッド作品が好きだった。店の外から雨音が聞こえる。私は『マディソン郡の橋』が好きだということ、そして特に雨のシーンがよかったと伝えた。

彼女はしばし考えたのち、「私はイーストウッドが車のドアを静かに閉めるところが好きだな。ほら、旦那さんと子供がドアをバタンと閉めるとメリル・ストリープは嫌な顔をしていたでしょう? でもイーストウッドはそっと閉めるんです」と言った。

確かに、夫と子供が車を降りるシーンはあった。しかしメリル・ストリープは一度も苦言を呈さなかった気がする。言葉では何も伝えていないと思った。だから彼女も“嫌な顔”と表現したのだろう。言われなければ見逃すシーンだ。

私の戸惑いを見透かしたように、彼女は、女性はそういうところを見ているんですよ、と続けた。

もしかしたら、と私は想像する。もしかしたら彼女は、私がコップを置くときにはガタンと音を立てずそっと置くことに気づいてそう言ったのかもしれない。

もしかしたら彼女は、私がお店を選ぶときは噛み切れない魚介系や啜りにくいパスタを避け、小食でも沢山食べる人でも楽しめて、それでいて気後れしない程度に洒落ていてなおかつ交通の便までいいお店にした気配りに気づいてそう言ったのかもしれない。さてはこの子気があるな。

彼女に目でそっと語りかける。大人の男女は言葉を必要としない。

――気づいていたの?

――ええ、気づいていたわ。気を遣ってくれてありがとう。でも勘違いしないように言っておくと、あなたがコップをそっと置くのはイーストウッドと何の関係もないよ。しかも、あなたはコップを置くときにさりげなく小指をクッションにしているけど、それってホストの手法だったよね。はっきり言っていいなら、その仕草とっても気持ち悪いよ。それに今日、本当は焼肉が食べたかったの。にんにくがたくさん入ったやつを。この意味わかるでしょう。

女性の目は雄弁に語る。女性の目は雄弁が過ぎる。

彼女がチラリと伝票を見た。そろそろ出ましょう、と立ち上がる。

――心配しなくても大丈夫。僕がちゃんと払っておくよ。

私は化粧室に向かう彼女に目で語りかけ、レジに向かう。

雨はまだ降っている。傘を忘れた私は、彼女と別れとぼとぼ歩く。雨のなかにいるので、誰も私の涙には気づかない。

このエッセイで紹介した映画

『マディソン郡の橋』ロバート・ジェームス・ウォラー/著 1995年に映画化

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