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2024/12/10:フリーペーパーvol.105発刊!

こんなにも多くの名曲が…!隠れ過ぎたシティ・ポップの名作たちを語りたい

序文ーシティ・ポップの鉱脈、それはどこまでもディープな世界

今や世界共通のジャンルとして浸透していく「シティ・ポップ」という音楽ジャンル。海外で70年代から80年代に盛り上がったファンク、R&B、AORといった洒脱な音楽の潮流を日本のミュージシャンたちが独自に解釈し、体現したものを私は「シティ・ポップ」だと考えております。
煌びやかで緻密な混声のコーラス、シャープなキーボードの音色、ファンクのリズム感を血肉化した、揺れと引き締まりが同居するビートの在り方、サックスなどのムード溢れる管楽器の多用、そしてどうにも哀愁・切なさを心に焼き付けるメロディ……と、シティ・ポップというジャンルで語られる音楽にはいくつかの共通点が存在しますが、このような共通の表現を経由し合いながらも、聴き比べるとそれぞれのミュージシャンたちの個性をはっきり見出せることが、このジャンルの特別な奥深さを示しています。

70年代頃から緩やかに花開いたシティ・ポップの世界には、ヒット作の数々だけでなく、隠れ過ぎた名作も多数存在しています。
近年はそういったレアな作品にも徐々に光が当てられるようになっていますが、私の記憶の中にはなかなかメディアに取り上げられないながらも素晴らしく輝くシティ・ポップの名作が多数あります。今回の記事はそこを取り上げ、「隠れ過ぎたシティ・ポップの名作」として特筆していきたいと思います!

隠れ過ぎた名作シティ・ポップ、私的五選

①安部恭弘「SLIT」(1984年)

広大なシティ・ポップ界の中でもなぜかマイナーな存在、しかしその実、非常に素晴らしいミュージシャンとして、まずご紹介したいのが安部恭弘(あべ・やすひろ)氏です。
安部氏は当初は建築設計士を志す一方、高校時代に音楽に目覚めます。大滝詠一氏や須藤薫氏、松田聖子氏などの80年代のトップアーティストたちとの共同作業で知られる杉真理氏のバンドへの参加や、大橋純子氏、竹内まりや氏と言った面子への作曲提供を行い、1982年に自らもソロアーティストとしてデビュー。以降、生み出した作品は大変素敵なものばかりです。

今回取り上げるのは1984年発表の「SLIT」というアルバム。一貫して繊細、そして深くまで切なさが澄み渡るようなメロディーが紡ぎ上げられた一曲一曲の輝きは不朽です。そこに集結したプレイヤーは、ドラマーのみを取り上げても青山純氏から村上”ポンタ”秀一氏までと名だたる凄腕。楽曲によっては吉田美奈子氏や大貫妙子氏といったジャパニーズ・ポップス界の重要人物たちも作詞を手がけています。

再生して一曲目「Thrill Down」から緻密で引き締まったアーバンなロック・サウンドに否応なく惹き付けられます。歌声やサウンドに香るどこかナイーブな感触が印象的で、楽曲が抱える根本的な切なさを魅力的に高めています。
ハイライトはいくつもありますが、何と言ってもこのアルバム屈指の名曲は「アイリーン(Irene)」!ソフトな歌声とシャープな鍵盤が積み重なった演奏の絶妙な対比、そしてどうしようもない切なさを持って耳に残っていくメロディーの輝きに、こちらもため息です。

②濱田金吾「ハートカクテル」(1985年)

80年代シティ・ポップ界の隠れた名手といえば、ここから取り上げる濱田金吾(はまだ・きんご)氏も絶対に忘れてはならない存在です。
濱田氏は1970年代にフォークグループ「クラフト」に参加し、さだまさし氏作詞・作曲の「僕にまかせてください」などの曲が大ヒットを記録。クラフト解散後からソロアーティストとしての活動へ専念していきます。
濱田氏が1980年代に世に出した作品群は重要作ばかりです。松本隆氏や来生えつこ氏などの実力者たちのバックアップ、そして濱田氏の生み出す輝きと潤いに満ちた楽曲によって、どの作品も実にパーフェクトなシティ・ポップに仕上がっています。
近年は「街のドルフィン」などの名曲がSNS上でじわじわと再評価され始めているのですが、いやいやもっとこの優れた音楽たちが取り沙汰されて欲しい!と、正直思ってしまうのです。

中でもここで取り上げさせて頂く「ハートカクテル」は、そもそもの楽曲の美しさに加えて、全曲のアレンジをこれまた日本屈指のAOR系の名手・松下誠氏が担当。そのサウンドの洗練具合、アルバム一作品を通しての含蓄ある構成力は思わず唸ってしまうほどの素晴らしさです。隙無しの輝かしいアーバンな世界に、濱田氏の透明さを湛えたソフトな歌声が乗ると、そこには最高の音楽が生まれているのです。
どうにも透明な切なさがこちらの心を解くような名曲「夜風のインフォメーション」からエレクトリック・ピアノのみの澄み渡った静けさに満ちた「SISTER MY LOVE」まで、一曲一曲に様々な表情が豊かに浮かび上がっていく様に、これぞプロフェッショナル、と言った貫禄を感じます。

③二名敦子「Fluorescent Lamp」(1987年)

今回取り上げる中で、私も本当に近頃知った存在がこの二名敦子(にいな・あつこ)氏です。
彼女は高校時代からチャカ・カーンなどのブラックミュージックに開眼。1979年に一度「早川英梨」名義でいくつかの楽曲を世に出し歌手デビューを果たしました。
その後「二名敦子」名義で1983年に再デビューし、それまでの歌謡曲系の路線からシティ・ポップ路線へ舵を切ります。

ここで取り上げたいのは「Fluorescent Lamp」。二名氏が歌手を一旦引退する前の最終作となった今作は、シティ・ポップ路線のアレンジで統一されながら、どこか世界のシンガーソングライターの名作たちにあるような内省的な響きも聴こえてくる、独自の作品に仕上がっています。全曲の作詞作曲が二名自身によって手掛けられた本作は、踊りたくなるようなビートの効いた曲のしなやかさも去ることながら(「堤防」はまさしくジャパニーズ・シティ・ポップの快作)、「illusion」「ビーチサイド」などのガラス細工のごとく精密で淡い情感のバラード曲に、なんとも夢中になってしまいます。

作品背景としては、フュージョン全盛の時期に活動したバンド「パラシュート」のメンバーであり、作詞家としても早見優氏から南沙織氏まで数々の歌手に関わる安藤芳彦氏がプロデュース。アレンジャーも船山元基氏、荻田光雄氏など、確かな陣営が集結しています。もちろん二名氏の歌声も、力強い主張や鋭さとは別の、心ある透き通った存在感に満ち溢れていて大変素敵なもの。失われた青春の記憶のような、どこまでも淡く切ない音楽が凝縮された秀作です。

④佐藤奈々子「Pillow Talk」(1978年)

続いてはシティ・ポップ系の中でもより独自的、かつ優れた作品をご紹介します。
佐藤奈々子(さとう・ななこ)氏は大学在学中に佐野元春氏と出会い、彼に歌や詩を書くことを伝授されます。大学主催のシンガーソングライター系のコンテストに入賞したことをきっかけに、佐野氏との共作アルバムである「Funny Walkin’」でデビュー。その後はソロアルバムのリリースを重ね、ムーンライダーズや加藤和彦氏と言った面子の作品にも参加。さらには写真の分野でも活躍するなど、多彩であり異彩な存在の素晴らしいミュージシャンです。

佐藤氏の作り出す音楽の魅力といえば、やはりまずその艶やかな歌声、そして何よりサウンドと言葉がその身に纏う独特なお洒落さでしょう。
佐藤氏の楽曲には一貫して丸みを帯びたシルキーな生楽器のサウンドが敷き詰められ、可憐な純粋さと魔術的な色気が隣り合わせるようなその歌声がそこに乗れば、一気に耳が惹き付けられる世界が現れてしまいます。そして、都市に生きている、ということをどこまでも自由に表現するような歌詞の一つ一つが、シティ・ポップとしての輝きを上質に高めています。

今回取り上げる「Pillow Talk」というアルバムは、その音楽世界の魅力がパーフェクトに凝縮された70年代の傑作です。深くリバーブがかった程良く神秘的な質感のサウンド、ソフトな楽器の音色・旋律に漂う夢見心地な気品、そしてその歌声。これはもう、ぜひとも聴いて知って頂きたい、古い音楽にも新しい音楽にもないテイストがある、と述べるしかありません。
楽曲で言えば「恋の流星」が魅せる密やかな煌めき、深く浸透するような躍動感。「コインランドリー」のどうにもリラックスした美しさ。「ミスティ・マジック」の魔法がかったゴージャスさの浮世離れぶり……と言った具合に、聴き逃せないシーンがアルバム全体に溢れています。このアルバムはまさに究極のシティ・ポップであり、それまで知らなかった世界を開いてくれる鍵のような作品です。

⑤KASHIF「BlueSongs」(2017年)

様々な種類のシティ・ポップを取り上げてきたこの記事。ラストにご紹介したいのは、現代日本最高のシティ・ポップとして銘打ちたくなるような大傑作です。

KASHIF(カシーフ)氏は神奈川・横浜の音楽クルー「Pan Paficic Playa」のメンバーで、日本にラップ・ミュージックを拡散したスチャダラパーや、一十三十一氏、G.RINA氏と言った近代のジャパニーズ・ポップ界における才人たちに帯同するギタリストとして活動するミュージシャンです。
多岐に渡る活動を経て2017年に発表されたファースト・ソロとなる「BlueSongs」は、全体の作詞にヒップホップ界からシティ・ポップ界までも横断する鬼才・イルリメこと鴨田潤氏、数曲のコーラスには前述の一十三十一氏、エンジニアとして日本のテクノ界の重鎮である砂原良徳氏、そしてジャケットはシティ・ポップの文化を絵の分野から定義付けたと言える存在・永井博氏によるKASHIF氏のポートレート。各楽曲のバックトラックは全てKASHIF氏単独による緻密な録音によって完成されています。

どの曲も耳に心地良く、それでいて心を刺激する美しいメロディーに満ち溢れていて、嘘のないお洒落なテイストを日常に与えてくれるような一作に仕上がっています。そして、実に計算的なビートの細やかさ、全曲にある大袈裟さとは違う洒脱なドラマティックさには、彼がこれまでの遍歴で培った音楽的実力、多種多様なインプットの重みを感じざるを得ません。
中でもご本人のインタビューにおいてもアルバムの指針となったとされている「Breezing」「You」の二曲は、海外のAOR〜R&B〜ファンク系の名作群にも未だかつて現れていなかったような、ソウル・ミュージック系から電子音楽までの様々な分野をAOR〜シティ・ポップという世界の中に総まとめするような独特かつ壮大さも感じてしまう内容。これは特に聴き逃して欲しくないポイントです。

終わりにーシティ・ポップこそ、無限大の可能性がある

今回は「隠れ過ぎたシティ・ポップの名作たち」として、公においてなかなか光を浴びていない(と私が思うような)、しかし確実に他にはないシティ・ポップの形を示している五作品をご紹介して参りました。
こうして聴き込んでいくと、シティ・ポップというものに対しての世間的なイメージ……例えば都会的、お洒落、ファンキー、哀愁、あるいはリゾート感など現実逃避的なイメージもあるでしょう……こう言った単純なイメージ像だけでは語り尽くせないような音楽的可能性を、このジャンルこそが体現しているということが歴然と分かってきます。

シティ・ポップというものが世界に拡散され、深く愛されていく中で、最近はそれ自体が消費文化のように見られてしまう場面も増えたように思います。しかし、このシティ・ポップという世界はまさに未知数。今後、さらにこのジャンルを刷新するような刺激的な作品がどこからともなく生まれてくる可能性だってあり続けているのです。シティ・ポップを愛する者としては、今後もさらにこの独自の音楽世界に夢中になって、じっくりと知識欲を深めながら楽しみ続けていきたい、と思う今日この頃です。

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