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2024/12/10:フリーペーパーvol.105発刊!

障害者のリアル×東大生のリアル

東大で検査を受けて

2023年の年明け、私は上京し、渋谷区にある東京大学駒場キャンパスで検査を受けた。今年度から始まったギフテッド講座の被験者に選ばれたためだった。ちなみに私は解離性障害と複雑性PTSDのため、高校時代はほとんどの日数を閉鎖病棟で過ごし、一年遅れで通信制高校を卒業したので、そもそも、大学自体にも縁がなかった。個人的な話になるが、東京大学で被験者になるまでの、私自身の障害への生きづらさについて伝えようと思う。

高校時代、それは生きづらさのオンパレードでもあった

高校一年生になった私は最初に受けた全国統一模試で高い偏差値を出した。しかし、当時の私は解離性障害と診断はされていなかったものの、症状が悪化し、毎日眩暈と吐き気に襲われ、今にも倒れそうだった。
二者面談で担任の先生から『九州大学は合格範囲、このまま三年間頑張れば東京大学や京都大学も夢ではない』と言われたものの、発作と症状に蝕まれた私は聞いても上の空だった。普通だったら、担任の先生からそう告げられたら自信に満ち、誇らしささえあったはずだっただろう。それなのに私は度重なるトラウマや偏見に脅え、それどころじゃなかった。
結局、病状悪化を理由にその進学校を転校させられ、転校先の不登校支援を打ち出す高校でさえ、退学させられたのだから、その栄誉だって半ば空しいものだったのだが。
私は発達障害と診断されたとき、受けた知能検査でここでは書けないが、担当だった主治医が『久しぶりに見た』というくらいの数値だった。
提示された知能指数だけ見ると確かに私個人であっても驚くような数値だった。しかし、主治医は私の不穏な将来を予言するような発言をする。
『今からかなり苦労すると思うよ』

当たった予言と生きづらさ

15歳から23歳まで閉鎖病棟に17回入退院を繰り返し、数えきれないほどの自殺未遂と高校だけでも転科を含めて5回も変わった私。ほとんど高校には行けていないのに成績は悪くなく、独学で勉強できたが、解離性障害と複雑性PTSDは私の将来を容易く奪った。未来に対して夢なんてとてもじゃないけれども描けなかった。何度も死にたくなって、何度も空を仰ぎながら絶望して、泣き叫んだけれども、私は藻掻き、喘ぎ、それでも前へ向こうと運命に抗った。26歳の時に東大や京大でいちばん読まれた本である、『思考の整理学エッセイ賞』を受賞し、今はひふみよベースのライターとして何とか、働けている。

こっち側とあっち側

 

 

東大の駒場キャンパスに入ったとき、私は自分の中の人生を振り返った。
もし、病気にならなかったらこっち側の世界へ行っていたんじゃないか、と。
こっち側、あっち側。どんな線引きでこの世界にあるのか、私は知っている。人生において、後悔したことがない人なんていないだろう。こっち側とあっち側ではあまりにも人生の尺度が違っていた。水と油みたいに、全然別物の人生だった。考えても仕方がないけれども、閉鎖病棟で浴びた夕陽の赤さを思い出して、我に返った。
冬夕焼の遮光を浴びた、東大の中には書店があり、数多くある本の中にこの本があった。

『障害者のリアル×東大生のリアル』

 

 

この本には感動ポルノに代表されるようなお涙頂戴劇はなく、対極にあるような当事者の生身の声が記されている。東大生と障害者は一見すると、相容れないように思う方もいることだろう。しかし、この東京大学で行われた当事者によるゼミは好評になり、障害者当事者と東京大学の学生が体験を共有し、それこそ、『異化』が起きている。障害者の人生を通して、根源的な課題とぶつかり、人間とは何か、生きるとは何か、社会とは何か、思考する東大の学生の若い手記には、力があり、綺麗ごとではない、お互いを知ろうとする強い意志があった。
東大の学生の中にも精神疾患を抱えている学生、兄弟に障害児がいる学生、そして、学生自身が重い身体障害がある学生など、人生が全てうまく行ったように見える、東大の学生にもそれぞれに事情があり、多様性があるのだ、と知らされた。実際、東大の学生の中には発達障害の当事者もおり、一概に説明できないのだ、と大いに勉強になった。そして、生きづらさには障害があろうが、無かろうが、多くの人が抱えており、各々がこの手厳しい世の中で生きているのだ、と分かり、私は安心できた。ああ、自分だけがつらいのでない、と。

この本は従来の切り口から離れたステージにある。

 

 

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