William Basinskiアルバムレビュー
皆さんは、William Basinskiというアーティストをご存知でしょうか?
現在、骨董、かなり古い家電製品など、アンティーク商品が話題となっています。1958年生まれとなるBasinskiは、カセットデッキよりも古いオープンリールデッキ(古い録音機材)を使った楽曲作りを1970年代から現在に至るまで続いているのです。
今回は、Basinskiの音楽作品アルバムレビューと、アーティストとしての実像に迫っていきたいと思います。
ざっくり
- William Basinskiの存在
- Basinskiとの出会い
- Basinskiのいろんなアルバム
- 1.「Shortwavemusic」 (1997年)
- 2.「Watermusic」(2000年)
- 3.「The Disintegration Loops」(2002〜2003年)
- 4.「The River」(2002年)
- 5.「Melancholia」(2003年)
- 6.「A Red Score In Tile」(2003年)
- 7.「Variations: A Movement In Chrome Primitive」(2004年)
- 8.「Silent Night」(2004年)
- 9.「The Garden of Brokenness」(2005年)
- 10.「Variations For Piano & Tape」(2006年)
- 11.「El Camino Real」(2007年)
- 12.「92982」(2009年)
- 13.「Vivian & Ondine」(2009年)
- 14.「Nocturnes」(2013年)
- 15.「Cascade」(2015年)
- 16.「A Shadow In Time」(2017年)
- 17.「On Time Out of Time」(2019年)
- 18.「Lamentations」(2020年)
- まとめ
William Basinskiの存在
Basinskiは1958年生まれの、ニューヨークを拠点とする作曲家です。
オープンリールデッキ(古い録音機材)のテープ編集によって音楽を作り出すアーティストで、その活動は1970年代から現在に至るまで続いています。
若かりし頃にはクラシックの教育を受けており、大学時代にはサックス・作曲を学ぶなど、アカデミックな知識を持った方でもあるのです。
彼が奏でるいろんな曲は、陽炎のように儚く、物寂しく、しかしそういったセンチメンタリズムだけではない妖気を有した音色に仕上がっています。
Basinskiとの出会い
私がBasinskiの存在を知ったのは、江森丈晃氏監修によるディスクガイド「HOMEMADE MUSIC」を拝読してのことでした。そこにはテープを使った音楽の特集記事が載っており、Basinskiの「The Disintegration Loops」という作品が取り上げられていたのです。
その曲を聴いた瞬間に「ここには何かがある!」という気配がして、曲に惹かれてしまいました。
Basinskiのいろんなアルバム
Basinskiがどのようなキャリアを進めてきたアーティストかということをまずは押さえておきたいと思います。
Basinskiの作品はサブスクリプションにてある程度簡単に聴けますが、その数はかなり多くとっつきにくい思う方も多いかと思われます。
1.「Shortwavemusic」 (1997年)
1997年にリリースされたファーストアルバムです。このアルバムは、テープに吹き込んだ音を使って編集されています。
メロディーはほとんどなく、お化け屋敷や輪郭を失った宇宙的な音や、短波ラジオの音を効果的に含んだ曲です。ホラー映画が好きな方にとっては「耳で聴くホラー・ムービー」という感覚で聴くことが出来るのではないかとも思われます。
2.「Watermusic」(2000年)
一時間の楽曲が一曲だけ入っているという、驚きの大作です。
内容としては、低周波の持続音と淡く美しいシンセサイザーの音色のミックスされている音の厚みが変化していくような極めてマニアックなものとなっています。
3.「The Disintegration Loops」(2002〜2003年)
2001年9月11日の世界を震撼させた同時多発テロの犠牲者に捧げた、極めてシリアスな作品です。
オーケストラのようなシンセサイザーのような不思議な音色による美しい和音のループが、ゆらめきを起こしながら次第に静まっていきます。
4.「The River」(2002年)
二部構成、約一時間半のアルバムです。
オープンリールやカセットを駆使した古めかしいサウンドに仕上げています。
不穏な展開がほとんどなので、最初聴き始めた時は頭に「?」マークをいくつも浮かび上がらせました。中盤には、ドラマチックなオーケストレーションが鳴り響く瞬間があります。
5.「Melancholia」(2003年)
悲しげなピアノが幻惑的に鳴り響く、危うく美しい作品です。
テープ録音特有のノイズが音像に生々しさを加えられており、まるで蜃気楼のような悲しみを悲しみとして語らない曲となっています。
6.「A Red Score In Tile」(2003年)
45分の楽曲が一曲のみ収録されたされた曲です。
ピアノなのか何かしらの鍵盤楽器が異様にモヤモヤした音でループし、段々と沈んでいって耳に沁み渡るというような内容となっています。
個人的にはこういう作品も非常に好みですが、リスナーによっては酷く退屈な音のように思えてしまうかもしれません。それくらい突き抜けた作品です。
7.「Variations: A Movement In Chrome Primitive」(2004年)
ピアノを中心とした作品です。
いくつかのピアノのループを題材に、不穏なノイズや何らかの排気音のようなサウンドを絡めているので、少し不気味に過ぎるような感じとなっています。集中して聴いても抗えずだんだん眠くなるような感じとなっています。
8.「Silent Night」(2004年)
鈴虫などの虫の声とシンセサイザーの演奏をミックスしたような、一時間一曲の大作です。
聴き進めるに連れて段々とシンセサイザーが消えていき、最後には虫の声だけが残る、まるで宇宙的な空間のような演出がなされています。
9.「The Garden of Brokenness」(2005年)
「物の哀れ」をテーマにしたピアノ作品です。
内容としては、物悲しいピアノが止まったり、動いたり、小さくなったり、大きくなったりという移り変わりを繰り返す、悲しみや途方に暮れるような無常感が増大しているように聴こえます。
10.「Variations For Piano & Tape」(2006年)
1980年代初期の音を使った、ピアノとテープ操作による作品です。かなり音質が悪く、メロディーも美しいような不穏なようなものとなっています。
11.「El Camino Real」(2007年)
実際、何の音かは分かりませんが、シンセサイザーによるオーケストレーションのような50分一曲のアルバムです。
内容は、少しずつ崩壊していく建造物を眺めるような美しさを覚える重厚なサウンドを、最初から最後まで綺麗なサウンドで通しています。
ドキュメンタリー映画等でBGMとして使われると非常に映えそうな音です。とにかく美しい音を体験したいという方には是非お勧めします。
12.「92982」(2009年)
これは文句無しに美しい作品です。2009年の作品ですが、内容としては1982年に録音された音源が大部分となっています。
陶酔的なメロディー、テープ操作を連ねた悲しげながらもスウィートな音像が聴けます。個人的には流麗で重厚な「92982.1」と「92982.3」がお気に入りです。
13.「Vivian & Ondine」(2009年)
水中で泡が弾けるような美しい空間が音が遠くに聴こえるような、いくつかの音が出たり入ったりを繰り返残響に満ち溢れたオーケストレーション曲です。
William弟の赤ちゃんと従兄弟の孫娘の誕生の喜びから、二人の名前をアルバムタイトルにしています。
14.「Nocturnes」(2013年)
不吉な内容のアルバムです。
不安を煽るようなおどろおどろしいループが絶え間なく続いており、ジャケットもモノクロの不穏やカラーの暗い写真となっています。
15.「Cascade」(2015年)
クラシック的な要素を強く感じさせるピアノループ作品です。
タイトルは「小滝」という意味で、ここで鳴っているのはまさに水が流れ落ちていくような低音抑えになっています。
16.「A Shadow In Time」(2017年)
2016年に亡くなったデヴィッド・ボウイへの追悼の意を込めたアルバムです。
個人の死に対する悼みの念が強く籠もった、協和と不協和が一緒くたになったような、混沌の美には否応なしに耳が惹き付けられます。
イヤホンで聴くのも良いですが、なるべく良質なスピーカーを使って解像度の高い音で聴きたくなるような作品です。
17.「On Time Out of Time」(2019年)
ベルリンの展覧会「Limits Of Knowing」から依頼された音源です。
その内容は、アインシュタインが提唱した、宇宙由来の重力波の直接観測を計画する「LIGO(レーザー干渉計重力波観測所)」の干渉計からの録音ソースを利用しているので、まるで13億年前の巨大なブラックホールの融合の音を捉えたような、非常に壮大な物となっています。
曲としては、非常に不穏な電子音、空気が漂うような不思議な音、何かが沈み込んでいくような鼓動音が流れ出す「これが宇宙の音!」と気が遠くなるような感慨や謎めいた雰囲気があります。
18.「Lamentations」(2020年)
非常に不穏かつ悲しみに満ちた作品です。
2020年代という不吉な時代の中で、前時代の栄華が失われていくのを映し出したような、歪んだオペラの引用が今作のポイントでしょう。クリアに粒立っていながら傷だらけのようなサウンドに仕上がっています。
まとめ
ここまで膨大なBasinskiの作品群を追ってきましたが、皆様にとって気になる作品はありましたでしょうか?
Basinskiの音楽を聴きたいという方は、CD、レコードはほとんど廃盤で手に入らない状態なので、Apple Music等のサブスクリプションでの聴取を推薦致します。
是非、William Basinskiの音楽を聴いてみて下さい。音楽というメディアは、ここまで緻密、かつ美しい世界を体現できるのだということが実感できるのです。