私的2021年ベスト・アルバムは「Forfolks」以外には無かった
近年はSNS等で様々な方がお気に入りの音楽について意見・感想を発信しており、年の瀬になるとその年で最も良かったアルバムを人々がネット上にて語り合うのも風物詩的な楽しみになって参りました。
かく言う私もまた、2021年に生まれた様々な音楽をたっぷりと享受した身です。しかしながら2021年は私の求める音楽と世間に広まっている音楽のかけ離れ方がより強くなった年のようにも思えました。
世間では国内外問わずネオソウル系のグルーヴィーかつメロウな音楽が流行。国内ではインディーロック的な表現が再び注目を集め始めています。そんな中で私は、ひたすらピアノのみが入った作品、ギターのみで構成された作品など、特定の楽器だけが鳴っているアルバムばかりを新旧問わず探していたように思います。
理由としては、色々な音が詰め込まれたアルバムにかなり疲れてしまった!というのが正直なところです。カラフルな音楽アルバムはもちろん楽しくて聴く甲斐もあるのですが、反面聴いていて意識がとっ散らかるというか、ある意味で体力を使わされてしまうような面があるというか……。一介の音楽リスナーとして、2021年は楽しくも悩ましく過ごしてしまった時間だったように思います。
そんな年の12月、滑り込み的に発表されたJeff Parker(ジェフ・パーカー)の新作「Forfolks」はなんとソロギター作品。しかも近年キャリアの中でも相当に潤沢な作品を連発しているミスター・Jeffのアルバムです。これは私の求めている音楽に違いない!と聴き込んで数週間。見事にこのアルバムはここまで聴いてきた全ての新譜たちを追い抜き、私的2021年ベスト・アルバムとなりました。今回はこの感動・そしてこのアルバムから私が受け取った静かな熱をレビュー記事として書き記していこうと思います。何卒、お付き合い願います。
Jeff Parkerとはどんな人?「Forfolks」の制作背景も含めて総まとめ
アルバムのレビューに入っていく前に、まずJeff Parkerという方がどのようなミュージシャンなのか、そして「Forfolks」を取り巻く制作背景などをまとめていきたいと思います。
Jeff Parker=ジェフ・パーカーはアメリカはロサンゼルスを拠点として活動するギタリスト、作曲家です。ポスト・ロックのムーヴメントを牽引した重要バンドTortoise(トータス)の一員として活躍していたことが最も有名な彼の功績かと思われます。近年はヒップホップ、ファンクの影響を受けたある程度賑やかな作品をリリースしていましたが、今回の新作「Forfolks」は対照的にエレクトリック・ギターのサウンドのみで構築されたものです。
本作は2021年6月に、カリフォルニア州アルタデナのSholo Studioにて2日間で録音。ジャズ界の名ピアニストであるセロニアス・モンク「Ugly Beauty」の新解釈とスタンダード「My Ideal」以外は全てジェフのオリジナル。中でも「Four Folks」はジェフが初めて作曲した1995年頃の楽曲でかなりレアです。
アルバム発表後はビルボードの「カレント・コンテンポラリー・ジャズ・チャート」で1位、アメリカの「コンテンポラリー・ジャズ・チャート」で2位を獲得。ロサンゼルス・タイムス紙、ピッチフォークといった米国の権威的なメディアからも安定した称賛を受け、その音楽が現地の人々から静かに、しかし熱く受け止められていることが伺えます。
アルバム「Forfolks」の内容に聴き入る
では、ここからは「Forfolks」というアルバムに込められた音楽自体についてレビューしていこうと思います。
アルバムはまず、どこか謎めいた感覚のあるイントロ的な「Off Om」でスタート。そこから40分間をクールに落ち着いた、しかし陽だまりのような暖かさも兼ね備えた円熟のギターサウンドに浸って過ごすことが出来ます。足元の機械(エフェクター)の操作によって音をループさせたり、一音だけを引き延ばしたりした音を基軸に「Forfolks」は広がっていきます。ある一定のループに、とてもまったりとした催眠効果を感じさせます。
長い時間の曲が多いですが、良い意味でBGM的に聴いていられるくらいの柔らかい音なのでスルスルと聴けます。寝転がりながら聴いても、夜の睡眠時に聴いても大丈夫であると思います。反対に、朝方や昼間に通りを歩きながら聴いてもうまくシチュエーションと合致するでしょう。
こういったある種薄味な感覚を有したギターサウンドは、時と場合を選ばずに聴けるという強力な利点があります。聴き手を興奮させるのではなく、中庸な気持ちに戻してくれる作品。心を整えるための音楽として「Forfolks」は極めて高い純度を誇っていて、そこが私の感動したポイントでした。
これまでにもイギリスのブライアン・イーノのアンビエント作品など、日常の風景と音楽を溶け合わせることに成功した作品は世界に数多いですが、そういったタイプの新たなケースとして「Forfolks」はリスナーの耳に残っていくことでしょう。この音を潜在的に求めている音楽リスナーの総数は非常に多いと思います。
2021年に「Forfolks」を聴きながら思ったこと
私にとって2021年は情勢的にも私生活的にも不安と楽しみが混在した一年でしたが、年の瀬にこういった静かな感動を覚えられるような作品に出会えたことが、良きも悪きも素敵な喜びに変えるような出来事となってくれました。
人生はかけがえのないものであると言えど、やっぱり毎日やきもきするようなことも多々ありますし、時間はただただ慌ただしく、実際のところゆっくり何かを味わう暇もそこまでないものです。しかし、ふと聴きたくなった時には音楽はいつでも再生できるし、実際の演奏を聴きたいと思えば演奏会も様々な形で開かれています。そのチャンスから何かを開拓し、自分の暮らしの温度や香りの具合を少し良い方向へ変えてみることは普通に出来る。2021年も、私はそうやって音楽に助けられていたと思います。
「Forfolks」のように日常と混ぜ合わせても違和感の無い、人間という生き物が陥りがちな自己中心さの無い、澄んだ音楽がもっと増えていって貰いたいです。こういった音楽が増えていけば、世情の中で少し遠のいてしまった、音楽・そして個々人の生活との距離。それがまたうまく、さらに美しい形に結べるのではないか。と思いながら、私の2021年は更けていったのでした。