ざっくり
- 良い音楽は時間の速度を変える!30分以下の凄い音楽アルバムは数多い
- マック・デマルコ「Another One」(8曲・24分、2015年)
- Kaede「秋の惑星、ハートはナイトブルー。」(7曲・21分、2020年)
- Grouper「Grid of Points」(7曲・22分、2018年)
- FKJ「Just Piano」(8曲・20分、2021年)
- MOCKY「Overtones for the Omniverse」(8曲・26分、2021年)
- ザ・ビーチ・ボーイズ「Friends」(12曲・26分、1968年)
- ニック・ドレイク「Pink Moon」(11曲・28分、1972年)
- 「アルバム」がやっぱり好き、「音楽」によるコミュニケーションが好き
良い音楽は時間の速度を変える!30分以下の凄い音楽アルバムは数多い
職種・性別・資格関係なく何かと忙しい役回りをたくさん課せられてしまう現代において、音楽アルバムの在り方もどんどんと変わってきています。
最もよく言われるのが「トータル40分以下のアルバムが増加している」ということ。私の使っているApple Musicではサブスクリプション入りした音楽アルバムのトータルタイムを確認することが出来るのですが、それを見ると確かに最近の作品は40分以下のものが多く、より短い場合は30分以下で作品がまとめられているものも結構多いのです。
個人的な話ですが、私は30分以下の作品が好きです。30分という凝縮された時間の中に込められた物語の豊かさに触れる時、時間の長さというものは音楽・ひいては創作物には関係ない、むしろ短い方が長く感じられるのだ、と思い知ります。30分以下の素晴らしいアルバム作品を掘り当てて聴いていると、例え30分の時間でも2時間の面白い映画を観たような気分になるのです。良い音楽は時間の速度を変える。これは私の持論です。
しかしトータル30分以下の作品というものは今だけにあるわけではなく、1960〜70年代頃等、古い時代にも存在します。
そこで今回の記事では、短い時間しかなくても充分楽しめる30分以下の作品を新旧織り混ぜて(なるべく新譜中心に)御紹介したく思います。忙しい時でも気分をリフレッシュするのに最適な作品を厳選しました。リスナー生活を長く続けてきた私が責任をもって推薦していきます。
マック・デマルコ「Another One」(8曲・24分、2015年)
個人的な呟きのようなボーカル、ビブラートがかったエレキギターやキーボードの音色で静かに新たな時代のサウンドを作り上げたマック・デマルコのアルバムです。
本作は8曲入りで24分。一曲一曲は3分ほどで終了するくらいの長さで、良い意味で力の抜けた音作りも含めて手軽に気分を変えてくれるような感覚を持っています。
アルバムについての詳細をまとめていくと、本作はニューヨークにあるマックの自宅で録音された作品。全ての曲を1週間で書き上げ、アルバムの歌からギター、ベース、キーボード、ドラム、この演奏の全てをマックがこなしています。
個人的な話をさせて頂くと、この作品が発表されたのは私が高校生半ば頃の時。表題曲「Another One」を聴いた時は明らかに新しいサウンドが現れてきたことを実感せざるを得ませんでした。密室で録音したような(実際自宅で全てを録音した)サウンドの鳴り、そしてキーボードの音色の使い方がそれまでのロックやR&B系とは全く違っていたのです。
とにかく音の輪郭が丸い。そして緩やかな、緊張感を排除したムード。どこまでも熱狂や興奮が広がっていく!というより、パーソナルな理想郷を作り上げていくかのような音が衝撃だったのです。そしてこの独自性に富んだサウンドが近年のネオソウル系のミュージシャンたちへと共有されていくのにそう時間はかからなかったのです。
マック・デマルコの存在、特にこの密室的なポップ・アルバムは私にとっても時代にとっても大いなる衝撃だったと思いますし、今後どれほど時間が経過しても、このアルバムに溢れる豊かなニュアンスは忘れ得ないものでしょう。時代を導き続ける音像をわずか24分で聴けてしまうこのアルバムはマストです。
Kaede「秋の惑星、ハートはナイトブルー。」(7曲・21分、2020年)
Negiccoというアイドルグループに所属する歌手のKaede氏をLampというバンドの染谷太陽氏、ウワノソラというバンドの角谷博栄氏がプロデュースするという形で作り上げられたアルバム。7曲21分で聴けてしまう内容でありながら、ポップスを作ることにかけて
日本で一流の人々が集っている、最良の音楽体験を与える作品です。
まず、どこか背筋が震えてしまうほどに力強いメロディーを持った楽曲が良いです。大概の歌謡曲が持っているセオリー通り過ぎる事務的なメロディーではなく、感情がきちんと乗ったメロディーを全曲が大きく有していることが素晴らしいです。和音としても一貫してメジャーでもなくマイナーでもない、丁度良い塩梅があり心地良いです。
Kaede氏のボーカルを右チャンネル、バンドの演奏を左チャンネルに振り分けて臨場感を出したサウンドメイキングの妙も印象的で、ただのポップスで終わらない、音楽という光源の奥底まで手を触れようとする意欲を非常に感じる作品です。
リバーブ(残響)やコーラス(音を二重に聴かせるようなエフェクト)の抜き差しも適切で、演奏も極端に主張を行わないことで逆に耳を惹かせるような、テクニック豊かなソフトさを保っています。
この潔癖過ぎるくらいの上品さは、松任谷由実氏がまだ「荒井由実」名義であった頃の作品(「MISSLIM」など)を好む方には最高のものではないでしょうか。逆にこのアルバムを聴いて刺激を受けた方が「MISSLIM」などの1970年代の作品へと辿っていくのも自然な流れでしょうし、昔と今の架け橋、というものがあるならこういうアルバムなのだと物凄く感心します。そしてそういった作品が形成されることはなかなかありません。音楽の神の微笑みを映し出した、貴重な一作です。
Grouper「Grid of Points」(7曲・22分、2018年)
アメリカのLiz Harris氏のソロプロジェクト、Grouperが2018年にリリースした作品。名門レーベルkrankyから発表された作品ですが、本作についてレーベル側はアルバムの22分という簡潔さをリスナーが物足りなく感じるのではないかと不安に思ったようです。しかし、Harris氏はたまたま22分になったのだ、と曲の追加を拒んだといいます。
このLiz Harris=Grouperというアーティストは非常に憂いある楽曲を作り続ける、人間の繊細さを表現することにおいて完璧なエキスパートと呼ぶに相応しい存在です。日本ではまだGrouperというミュージシャンの認知度が高まっていない面があると思われますが、私は彼女の音楽は空気中から光の粒子が降り注ぐような崇高な作品と信頼しております。
本作は一曲目からアカペラの合唱で始まり、曲間が繋がれた状態でピアノの弾き語りが行われていきます。印象的なのは一人多重録音と思しきハーモニーの美しさ。テープに起因するようなわずかなノイズすら音楽の一部として外せないものになっています。シンプルなようで凝った音響が試されてもいて、全体にかかる残響音が丹念にコントロールされているのを感じることが出来ると思います。
この音楽には例えるなら、とてつもなく彩色の綺麗な青空の写真がセピア色に変色していく様を見つめるような味わいがあります。どこか波立つような不協和音さえ、協和し、合致している。そういった音が今、他にありますでしょうか?
こういった空間的・映像的な音楽の存在は、インスタグラムに代表されるように写真・絵を媒介としたコミュニケーションツールが広く普及する現代の潮流を反映させているもののようにも思えます。部屋で聴くのも屋外で聴くのも至高。そして晴れの日にも雨の日にも合います。是非お聴き下さい。
FKJ「Just Piano」(8曲・20分、2021年)
多種多様な楽器を演奏するマルチプレイヤーにして音楽プロデューサーのFKJが発表したピアノ・アルバム。20分と非常に短い時間でありながら、8つの楽曲が鳥のさえずりなどの環境音によって繋ぎ合わされたミニマルな映画を観るような作品です。
「音楽が持つセラピー効果」を探求したという本作。前述のGrouper「Grid of Points」が翳りの側面ならこちらは暖かな太陽とでも言いましょうか。同じピアノを題材にした作品ながら、私にはコインの裏表のように二つのアルバムが重なって見えるので、今回は並べて御紹介することにしました。
一応トラックが分かれてはいますが、明らかに全て続けて弾かれていると思われます。生活音の混じり方からして、自室の窓を開け放って録音したのだろうか?とも想像が出来ます。
アルバム全体を通して一曲を奏でているようにも聴こえますし、FKJの頭の中で思い描かれた別々のシーンを繋ぎ合わせて演奏を繰り広げているようにも思います。
メロディーの運びはクラシック音楽の要素が強い感触がありますが、妙に格式高い感じは無く、クラシック系の作品にありがちな、急に音が大きくなったり小さくなったりするような凹凸もありません。あくまで聴き手をニュートラルな気持ちへ誘っていきます。
ここで鳴っているピアノの音を聴いていると、本当に肉体的なセラピーを受けている気分になります。これは言葉ありきの音楽では辿り着けない分野にあるサウンドではないでしょうか。騒がしい日常の中ではこういった音楽の在り方は自ずと画期的に感じられますし、人間が潜在的に求めるサウンドとは実はこの「Just Piano」のような静かなものなのではないかと私は思います。ただただ落ち着いて、優しく心を鎮めてくれるような何かを求めている方は要チェックです。
MOCKY「Overtones for the Omniverse」(8曲・26分、2021年)
続いてもマルチプレイヤー・音楽プロデューサーの顔を持つミュージシャンの作品です。MOCKYというアーティストのアルバムを取り上げたいと思います。
ポルトガルでのバカンス中に書き溜めた楽曲を、スティーヴィー・ワンダーも使用したロサンゼルスの「ベアフット・スタジオ」で16人編成のオーケストラとともに録音した作品です。このMOCKYというアーティストは常に古めかしい音楽への愛情を広く提示するような作品づくりを行いますが、今回もオーケストラ・サウンドの緻密な多用、ROLAND社が製作した日本製のシンセサイザー「SH-1000」を使用するなど、楽器への偏愛が伝わるような作品です。
私はMOCKYの作品が以前から非常に好きです。ジャズ、ヒップホップ、R&Bなどの横に揺れるようなビート感覚を一貫してアコースティックな楽器で再現するという表現方法はそれまでの音楽シーンにはあまり無かったものでした。
当時発表された「Whistlin」という楽曲のミュージック・ビデオは自然に囲まれた住宅にある自らの音楽部屋での彼の一日の模様を撮ったもの。こういう暮らし方をしている人物が現代にいるのか、という穏やかな衝撃があり、未だにその映像を見返してしまいます。
それから何年か経ち、MOCKYの音楽はまだまだ静かなる進歩を続けています。
今回の作品は前述したようにオーケストラ主体の作品。決して綺麗過ぎないアナログな音質はひたすらに耳に心地良く、楽器演奏のみの曲も多いのに、きちんと「歌心」が、旋律の豊かさが響いてくるのが素晴らしいです。常々音楽とは言葉や物語性よりもそこで鳴っている「サウンド」のためのコミュニケーション手段である、と私は思っていますが、MOCKYはまさに音楽における「サウンド」の側面を追求する面白さを分かりやすく伝えてくれるミュージシャンです。
Vulfpeckを筆頭にネオソウル系の音が日本でも大きく受容され始めている現在、MOCKYの音楽もさらに日本内で深くクローズアップされて欲しい……と私は思います。
ザ・ビーチ・ボーイズ「Friends」(12曲・26分、1968年)
ビーチ・ボーイズといえば「ペット・サウンズ」や「スマイル」が名作として挙げられますが、隠れた秀作として名が高いのがこの「フレンズ」。実際私もビーチ・ボーイズを聴く時は「ペット・サウンズ」より「フレンズ」の方をよく聴きます。「ペット・サウンズ」はオーケストラも派手に入り混じった重厚なサウンドですが、「フレンズ」は落ち着いて聴けるようなソフトな楽曲のみで構成されているので聴くのがとても楽なのです。
本作の背景を御説明しますと、録音はブライアン・ウィルソンの自宅で行われており、自宅録音故の解像度があまり高くないサウンドが逆に柔らかくて素敵です。
アルバム製作時、メンバーはマハリシ・マヘーシュ・ヨーギーという思想家の「超越瞑想」という思想に影響されていたといいます。マントラを目を閉じて心の中で唱え意識を和らげていくという「超越瞑想」を実践したことがビーチ・ボーイズの音楽を静かな音楽へと変化させた要因であること。これは押さえておくべきことでしょう。
内容としては、全曲が静かな朝方の空気を吸い込むような清らかさがあり、とても聴きやすいです。少しブラジル音楽のようなニュアンスも感じさせる、くつろいだ雰囲気の「Busy Doin’ Nothin’」が特に良い曲です。学生の頃はこのアルバムのCDを頻繁にプレイしていましたが、その瞬間には大きなくつろぎがありました。とにかく音楽でリラックスしてみたい人におすすめです。
ニック・ドレイク「Pink Moon」(11曲・28分、1972年)
最後に御紹介するアルバムはニック・ドレイクというシンガーソングライターの「Pink Moon」というアルバムです。
フォーク・ミュージック界において不朽の名作として扱われる本作。アコースティック・ギターを主体とした弾き語り作品ながら変則的なチューニングを多用した弦の響きが非常にカラフルで、一貫して優しい歌声とともに精神を癒すような作品です。
しかし作品の背景は壮絶なものがあります。ドレイクがそれまでに発表した2作のアルバム「Five Leaves Left」と「Bryter Layter」が市場に評価されなかったことでドレイクの音楽活動が停滞し始め、ドレイク自身もうつ病に苦しんでいたといいます。しかしこの「Pink Moon」を製作している時、ドレイクはアルバムの出来具合に満足していたともいわれます。
結果的にドレイクはリリースから間も無く亡くなってしまったために、彼が「Pink Moon」を歌っていたその時に思っていたことは当人にしか分からない永久の謎となりました。遺されたのは十一編の音楽。その音楽は少し狂気的なまでに美しい色彩を放っているのです。
どの瞬間も様々な映像を想起させてくれるような素晴らしいアルバムですが、このアルバムで私が印象深いのはラスト曲の「From The Morning」です。多層的なギターの爪弾きと、溜息のような歌声。最後の最後にこの少し陽だまりが射すような歌が遺されたことの意味を考えると、そこに言葉による批評や解説を挟み入れるような隙は、正直なところ最早無いように思われます。言葉を尽くしてこの音楽を語ること自体が無礼なように思えてしまうのです(決して評することを放棄したい訳ではなく)。
「Pink Moon」というアルバムを聴き通すということは、一人の人間が過ごした人生に触れるという行為なのです。28分の中に、滋味深い哲学が完璧な形で込められたアルバムです。
「アルバム」がやっぱり好き、「音楽」によるコミュニケーションが好き
「30分以下で楽しめるアルバム」という観点からいくつかの音楽作品を御紹介して参りました。私感を申し上げると、素晴らしい音楽家は時間の使い方をきちんと知っている音楽家である、ということは確実に言えると思います。ただただ重厚感が際立つだけの長いアルバムや、起承転結があやふやな作品づくりが最近増えてきた印象があります。プレイリスト、楽曲単位での音楽視聴が一般化したことで「アルバム」というものがあまり重要視されなくなっていることも関係しているのでしょう。
時代の移り変わりに文句を言うのは好ましくないですが、「アルバム」というメディアにある程度こだわって音楽を聴いてきた私はなんだか少し寂しい気もします。どういった作品が「アルバム」として美しいのか、ということはこれからより一層考えられていく主題になるでしょう。
しかしながら、そんな難しいことを考えなくとも、シンプルに音楽は素晴らしいコミュニケーションの手段なのです。是非、慌ただしい時間の中でも、時には音楽を聴いて何かを感じて頂ければ!と思います。