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2024/12/10:フリーペーパーvol.105発刊!

サブスクで聴ける、アウトサイダーたちの奏でる音楽特集!

「アウトサイダー」と呼ばれる、変わり者たちの音楽に触れてみよう

アウトサイダー」という言葉を御存知でしょうか。
アウトサイダーとは、集団や組織の外部に居る人。また、社会常識の枠にはまらない独自の考えを持っている人のことを総称する言葉です。

こういったアウトサイダーは後々芸術家になる人も多く、もちろん音楽家にもアウトサイダーたちはたくさん存在します。「アウトサイダー・ミュージック」という言葉まで存在するほどで、アウトサイダーたちの作る音楽は同じように社会に違和感を抱えるリスナーの心を長年惹き付けてきました。

今回の記事では、私が思うアウトサイダー的な思想の込められた音楽をピックアップして皆様に御紹介致します。全てサブスクリプション・サービスで聴ける音楽なので、特に用事もなく外出するようなタイミングもなくて退屈!という方には、この記事を刺激的なインプットの体験へのきっかけとして頂ければと思います。是非、アウトサイダーたちの音楽に耳を傾けてみて下さい。

The Shaggs「Philosophy of the World」

The Shaggs(ザ・シャッグス)のこのアルバムはアウトサイダー・ミュージックの古典にして、時を超えて愛され続けるファミリー・グループの名作です。
楽器初心者の三姉妹を父親がレコーディング・スタジオに連れていき、まだ録音するには早いのではというエンジニアの言葉も振り切ってレコーディングさせたという作品。その内容を簡単に御説明するなら、「何も考えたくなくなるような能天気なメロディーを、全くおぼつかない演奏と明るい歌唱で演奏し続ける」という感じでしょう。

日頃のアクシデントやストレスに思い悩むことがだんだんどうでもよくなってくるような、限りなく緩まった雰囲気。完全に色々なものを踏み違えた演奏の自由さ。「My Pal Foot Foot」の最初のドラムの音を聴いてみて下さい。腰砕けな気分になると同時に、音楽が持つ自由さの無限性を感じられると思います。

私はこのアルバムを最初に聴いた時は何が起きているのか判然とせず、非常に困惑しました。しかし今ではその混乱は単なる誤解であり、「人類平和という理想を音楽にしたら、きっと最終的にはこのようなものになるのだろう」と、大袈裟でなく思っています。それぐらいピースフルな音楽です。

デレク・ベイリー他「The Music Improvisation Company」

ジャズの世界にもアウトサイダーたちが多く存在しています。ジャズ界の中でも最も過激なアウトサイダー性を持ったアルバムがデレク・ベイリー、エヴァン・パーカー、ヒュー・デイヴィス、クリスティン・ジェフリー、ジェイミー・ミューアの5名によって作られたこの「The Music Improvisation Company」です。

アルバム全編を通して、何かを散らかしているような変な音がたくさん入っています。メロディーは全くありません。ここで中心人物となっている「デレク・ベイリー」というギタリストは「インプロヴィゼーション」という音楽ジャンルを確立させた人物で、このジャンルはメロディー・リズムといったものを音楽の中からあえて排除することで音楽の可能性を押し広げようというものです。このアルバムはタイトルの通り全編がインプロヴィゼーションで、音楽史の中でインプロヴィゼーションの在り方を決定付けた一作なのです。

これはもう音楽と認識できるか、できないかという点で大いに賛否両論があると思います。私はこの音楽を聴いて、音楽というものが持つ個人のアイデア(それは突飛なもの、ある種狂気的なものに対しても)に対する深い包容力を実感しました。何を鳴らそうが、どれだけ異質な音を使おうが、それを音楽であると真剣に訴えて演奏することで、何もかもが音楽になる。ということを、このアルバムは強く伝えているように思えるのです。
音楽というものに強い関心・興味を抱いている方にとっては、一聴すべき作品であると私は思います。

Loren Connors「The Curse of Midnight Mary」

アメリカのアンダーグラウンドな音楽シーンの中で静かに佇み続ける十字路の番人ギタリスト、Loren Connors(ローレン・コナーズ)。Lorenが世に出してきたアルバムはどれもアメリカ地下街の香りが立ち込めるような暗く淀んだ音像に満ちていますが、その中でも最も異端的な作品がこの「The Curse Of Midnight Mary」です。

伝説的な幽霊として語り継がれてきた「メアリー」という霊が眠るという墓地にLorenがギターとテープレコーダーを持ち込んで録音したという作品で、墓地で録音されたアルバムというものは多分このアルバム以外には無いのではないでしょうか。
そしてその内容は過激にドロドロしたブルース。スライドバーによってギリギリと唸るアコギ、そしてLorenの歌とも唸りともつかない声がひたすらに続きます。

最初はとても不気味に聴こえましたが、精神が安定しない時にふと聴いてみると、なぜか妙に心地良いのです。
私がよく読む愛読書に「精神が安定しない時は異様な音楽をかけると精神のバランスが取れる」という趣旨のことが書いてあり、このアルバムはまさにそういったケースにおいて強い効能を発揮するかと思います。意外にも、スマートフォンのスピーカーで聴くといい感じです。

竹村延和「10th」

日本にもアウトサイダー的なアーティストは多く存在しており、その中でも最も未来的な音楽を志向しているのが電子音楽家の竹村延和氏です。クラブカルチャーの中に身を置きながらも、狂騒的なシーンと東京に一極集中していく文化の流れに違和感を感じた竹村氏。自身でチャイルディスクというレーベルを立ち上げ、京都に住みながら(その後ドイツに移住)自作のクレイアート(粘土によるアニメーション)でミュージックビデオを作るなど、幅広い活動を見せています。

竹村氏の作品は前衛的な発想のものが多く、未だに時代が追いつけていないような音楽を多数生み出していますが、その中でも非常に未来的、かつアウトサイダー的な志向を見せているのがこの「10th」。元々は障害者の方、会話が不自由な方のためのコミュケーション・ツールとして作られた「スピーチ・マシン」という機械に歌を歌わせる、というコンセプトの作品です。これはまだボーカロイド文化も普及していない時代の話です(2002年)。あまりにも時代の先を読み過ぎた強烈な試みと言えるでしょう。
しかしメロディーは複雑ながらも非常に優しくナイーブで、音も丸っこくて聴きやすいです。スピーチ・マシンの歌もきちんと音に溶け込んでおり、竹村氏が望む理想郷的で、どこかメルヘンチックな音の世界が展開されています。あまりにも実験的な音楽は辛いけど、どこか一風変わった音楽を味わってみたい!という方に是非お勧めです。

ザ・ビーチ・ボーイズ「The Smile Sessions」

ビーチ・ボーイズはアウトサイダー的な音楽の中でも最も有名なものであると思われます。この「The Smile Sessions」は1967年に作られようとしており、しかし混沌としたレコーディング作業の中で頓挫してしまった「スマイル」というアルバムに関する音源集です。

「スマイル」のレコーディングについて私の手元にある文献を読むと、完全にアウトサイダーと化したビーチ・ボーイズの中心人物、ブライアン・ウィルソンの姿が浮かび上がっています。なんでもロレン・シュワルツという人物がブライアンにドラッグの服用を勧め、ブライアンがそれを受諾したことが狂気の引き金となったようで、ドラッグの影響によってブライアンは「スマイル」にあらゆる類の思い付きのアイデアを収録せねばならないと思い込んでいたようです。
それによってビーチ・ボーイズのメンバーやスタジオ・ミュージシャンたちはブライアンの指示でランダムに働かされ、「スマイル」という作品は様々な音の素材の録音とともに巨大化し、ついにはブライアンの精神を変調させるほどの重荷となってしまいました。アルバムは当然発売中止、ブライアンはしばらく音楽活動を停止しました。

その後数十年経って現代に発表された「The Smile Sessions」は当時の状況を追体験できる貴重なアルバムです。「Vega-tables」という曲では野菜をかじる音がずっと入っていたり、そうかと思えば「Surf’s Up」という非常に美しい名曲が入っていたり。どの曲も、ブライアンが得意とする転調に次ぐ転調によるドラマティックな作曲術が映えています。これが当時リリースされていたら、音楽史には果たしてどのような影響があったのだろうか。と、色々夢想してみたくなります。
「The Smile Sessions」はまさに最も過激なアウトサイダー・ミュージックにして、最良のポップ・ミュージックです。アウトサイダーであることとポップであることは、もしかしたらイコールなのかもしれない、とこのアルバムを聴く度に実感します。

アウトサイダーであることは、エネルギーの一つの形

今回は5つのアウトサイダー=変わり者たちのアルバムを紹介しました。
こういったアウトサイダー的なミュージシャンの芸術に触れていると、音楽という表現形態の幅広さ、そしてアウトサイダーであるということは非常に掛け替えのないことである、ということに気付きます。

変わっている、ということは人生において様々な難題を引き起こしがちですが、そういった他人との差異が表現に変わった瞬間に、それはポップに反転することがあります。
不思議なことですが、アウトサイダーの音楽は決して分かりづらい、とか奇妙だ、ということを意味せず、我々リスナーの想像力次第でアウトサイダーたちの音楽は極めてポップなものとして機能することがあります。最初は分からなくても、何度も聴いてみると確かな発見がある。それがアウトサイダーたちの作り出す音楽の特徴です。

是非、今回取り上げた作品を何度も聴いて、味わってみて下さい。きっと新たな発見、ひいてはアウトサイダーであることそれ自体が人間が持ち得るエネルギーの一つの形である、ということが実感できると思います。

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