ざっくり
「代表作」だけが全てではない。埋もれてしまった名作に光を当てたい!
音楽界には得てして「隠れた名作」というものが存在します。多量に作品を出し続けているアーティストには、当然「代表作」と言われるものと、そうでないものの二極化が現れます。ですが、あまり聴かれていない「代表作」以外の作品にも、とても良いものが隠れています。そういった作品に光を当てるべく、私はこの記事を書いています。
今回取り上げるのは、ボズ・スキャッグスというアーティストの「But Beautiful」、そして「Speak Low」という作品になります。ボズ・スキャッグスと言えばAOR〜シティ・ポップ界に燦然と輝く名作「Silk Degrees」を送り出したアーティストとして有名ですが、
その後もジャズ色の強い名作を出しているのです。今回は「But Beautiful」と「Speak Low」の二作に重点を当てて執筆・考察を行います。
「But Beautiful」「Speak Low」はどのようにして生まれたのか?
「But Beautiful」「Speak Low」の二作は、簡単に御説明すると「ジャズ界のスタンダード・ナンバーをカバーする」というコンセプトに基づいて作られたアルバムです。
「But Beautiful」「Speak Low」は、大手のレーベルとの契約を解消し、自身のレーベル を立ち上げてリリースされました。大手レーベルに所属していれば、自身がそれまで追求してきたAOR〜シティ・ポップ的なカラーの表出を求められる確率が高いわけで、より自由な音楽活動を求めての移籍だったのではないかと思われます。
「But Beautiful」でのバックバンドは、サックスプレイヤーであるエリック・クリスタルを中心とした少数精鋭のカルテットです。
一方、続編の「Speak Low」はエリックも参加しつつも、ストリングス奏者など、さらに多くのミュージシャンが抜擢され、プロデューサーはギル・エヴァンス・オーケストラなどで演奏を行ってきたギル・ゴールドスタイン。より手の込んだアルバムとなっています。
いずれもボズはほとんど歌に徹しており、シティ・ポップの旗手としての姿だけではなく、ジャズ・シンガーとしての自らの才にも強くスポットを当てたいという思いが感じられます。
「But Beautiful」ーどこまでも、果てしなく内面的なレコード。
まずは「But Beautiful」を詳しく聴いていきます。一曲目はビル・エヴァンスなどもプレイしたゆっくりと揺れる一曲「What’s New?」。翳りのあるピアノのコード進行。ボズの歌声はフランク・シナトラにも通ずる力の抜けた、張らないヴォーカリゼーションを採用しており、熱情に溢れるプレイをするというよりは、自身の持っている熱情から一歩引いた目線で音を鳴らしているような、理知的な余裕を感じさせます。アルバム全体の音の統一感もきっちりしていて、流れから浮いた曲が一曲も無く、アルバム全体で一曲の楽曲を奏でているようなフィーリングも美しいです。
私が好きなジャズ・スタンダードであり、エリック・ドルフィーの名演で知られる「You Don’t Know What Love Is」が、個人的な思い入れも含めて印象に残ります。アンビエントのようにビートレスに展開させる序盤から、寂しさ、哀しみを含むメロディーをシンプルに歌唱・演奏していく、この流れが実に巧いです。
この飾らなさ、過度な装飾の無さ。こういうジャズはそこら中に溢れていると思いきや、意外と珍しい物なのです。どこか音を派手にしたり、スウィングさせたりすることなく、聴き手を内面的な世界に優しく誘ってくれる、こういうジャズ・アルバムこそが貴重な音楽の集積なのです。
「But Beautiful」は鍛錬を重ねたAORシンガーの尽きない冒険心と、ジャズという音楽ジャンルを通し聴き手に対して開かれた、精神の安らぎを発掘できる豊穣な鉱脈である、と言えます。
「Speak Low」ー内面宇宙から路上へ、昼にも夜にもぴったりなレコード。
「But Beautiful」と「Speak Low」はジャケットからして違います。「But Beautiful」が暗がりに映し出されたボズの顔であるのと対照的に、「Speak Low」は街に佇むボズの姿。このジャケットの変化が、最も内容の対照性を表していると言っていいでしょう。
一曲目「Invitation」からして、前作に無かったパーカッションとハープの音が聴こえてきます。「Speak Low」は「But Beautiful」から飛躍して、より色鮮やかにジャズを演奏する、というコンセプトが感じられます。もちろんボズの力を抜いた張らない歌い方は、一切変動していません。
「Speak Low」では世界でもそこまで目立たない、しかし素晴らしいスタンダード曲を選出しており、ジャズを結構な量聴いてきた私でもあまり知らない曲が多いです。ジャズ・スタンダードの裏ベスト的な内容となった「Speak Low」。一曲選ぶなら、「Ballad Of The Sad Young Men」でしょう。こういう哀しげなジャズは素晴らしく心に沁み込んできます。ハープの音色もとてもきらびやかで、静かな感動と平和を体現するような歌唱と演奏に惹き込まれます。
「But Beautiful」が夜を思わせる内的なレコードだったことに対して、この「Speak Low」は昼に聴いても素晴らしいし、夜に聴いてもぴったりです。時と場所を選ばない、傷ついた魂を包む治癒の音楽、と言えるでしょう。
初めてジャズを聴く方にもお勧め!ボズの歌唱を堪能しよう
ここまで書いたように、ボズのこの2作は非常に素晴らしいジャズ・アルバムです。ジャズをまだ聴いたことが無い方にも、多くのスタンダード・ナンバーが網羅されているので、ジャズ入門編としても良いでしょう。いきなり歌の入っていない本格的なジャズを聴くのもなかなか大変なことですから、ボズの味わい深い歌唱によってジャズの歴史と感動を分かりやすく伝えてもらえる「But Beautiful」「Speak Low」を、ジャズを聴き込むきっかけにするのは間違っていないと思います。
しかし、日本ではまだまだ「But Beautiful」も「Speak Low」も、その真価に対する確実な評価が定まっていないことが事実としてあります。単なるポップ・シンガーの戯れである、歌唱のテクニックが拙い、という声すら聞こえてくることもあります。そういった声に私は、明確にノーである、と言いたいです。
ポップ・シンガーが他のジャンルに手を出すことは戯れやお遊びではなく、純然たる探究心の発露であることを聴き手は考慮するべきだと思います。
ミュージシャンの人生は実に長く、専門分野以外のことにも入り込んでいかなければ、当然ながら道は行き詰まっていきます。他のジャンルを利用して革新性を保っているだけだ、と言う人もいるかもしれません。ですが、様々なジャンルを統合・混交しながら育っていくのが音楽の自然な姿であると私は考えます。AORを歌ってきた人間が、ジャズを歌うことから生まれる新たな化学反応という物があるのです。それは「But Beautiful」「Speak Low」を奥深く聴いていくと理解できます。
歌唱のテクニックに関しても、ボズがこの2作の歌唱で追求していることが「上手に歌おう」というあざとい考えではなく、自然体で、ありのままにジャズを歌う、ということを念頭に置いた物であると私は考えています。ですから、上手に歌い上げるような陶酔的な歌い方ではなく、声を張らず、力を抜いた歌い方を採用しているのだと思います。
ある種自己陶酔的に、テクニカルさを目立たせて歌えば巧く聴こえてしまうのが歌という物で、そういった虚栄心を削いだボズの飾らない歌唱こそ、正しいジャズの精神であり、真の純粋芸術であると思うのです。
持っている技術を強調しないこと、「歌っている」と思わせないような歌を唇から発すること。それが本当の「巧い歌」と言えるのではないでしょうか。
ボズ・スキャッグス「But Beautiful」「Speak Low」はまさしく、本当の意味での「巧い歌」「巧い演奏」を美味しく聴ける、耳の御馳走です。これが隠れた名作としてひっそりとサブスクリプション・サービスや中古CD棚の中に放置されているのは非常にもったいない!と思います。
是非、この2作を聴いてみて下さい。ジャズ・スタンダードの素晴らしさを共に感じましょう!
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