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2024/4/10:フリーペーパーvol.97発刊!

たまにはジャズを聴いてみよう。チェット・ベイカーの傑作を掘り下げる!

ウエストコースト・ジャズを代表する名トランペッター

ジャズ・ミュージシャンと一口に言っても様々なタイプのミュージシャンが存在しますが、今回はチェット・ベイカーという、ジャズ界における伝説的なシンガー・トランペッターを中心に掘り下げて書いていこうと思います。

私とチェット・ベイカーとの出会い

私がなぜチェット・ベイカーの存在を知ったのかという理由から書くと、当時私は高校生で、私の好きな日本のミュージシャンの方が、チェット・ベイカーの音楽を熱烈にお薦めしている様子をネットの記事で読んだのがきっかけでした。そのミュージシャンの方はチェットの音楽に深く入れ込み、レコードを何百枚も集めたと言うのです。

私の愛好するミュージシャンをそこまで熱心にさせる音楽とは一体どのようなものなのか。聴いてみなければ分からないと思い、当時はまだサブスクリプション・サービスもそれほど普及していなかったので、CDショップに向かいました。そこに丁度ミュージシャンの方が特にお薦めしていた、「Let’s Get Lost」というチェット自身のドキュメンタリー映画のサウンドトラックが売っていました。私は迷わず購入しました。

家に帰り、果たしてどのようなアルバムなのかとCDを再生しました。実は既にYouTubeに上がっている音源を少し耳に入れていたのですが、聴こえてきた音楽は、なるほど、これはきちんとCDで聴かなければならなかった音楽だ!と言いたくなるほどの説得力があるものでした。

一曲目「Moon And Sand」の始まりのピアノの音からして、もはやいわゆるジャズの範疇を超越したような、極めてモダンな鳴りでした。そしてそこに乗るチェットの歌声は、まるで人生の味わいを全て知り尽くしたような、迫力ある静けさ(矛盾した言い方ではありますが、そうとしか表現出来ないのです)で響きます。私は瞬間的に夢中になりました。

それからは徐々に普及してきたサブスクリプション・サービスも併用してチェットの音楽を熱心に聴くようになり、今もずっと彼の音楽を聴き続けています。これが私とチェットの音楽の出会い、そして今に至るまでの関係性です。

チェット・ベイカーってどんなミュージシャン?

簡単にチェット・ベイカーの経歴を御説明します。アメリカ軍の楽隊に入隊した際に聴いたビパップ(ジャズのジャンルの一種)、1949年に聴いたマイルス・デイヴィス(ジャズ界の伝説的巨匠です)「クールの誕生」に影響されトランペットを吹き、1954年の「チェット・ベイカー・シングス」からは、その優しさに溢れる歌声で本格的にシンガーとしても名を馳せます。

しかし彼の人生は順風満帆ではありません。1950年代後半から1960年代にかけてヘロイン中毒になってしまい、アメリカ、公演先のイタリアなどでドラッグ絡みのトラブルを起こし何度も逮捕されます。1970年にはドラッグが原因の喧嘩で前歯を折られ、義歯を入れることもしました。その後も麻薬との縁は切ることが出来ず、1988年5月13日、ホテルの窓から謎の転落死によってこの世を去ります。

果たして幸福なのか、不幸なのかも聴き手からはなかなか判断がつかないような、謎めいた複雑な人生を送ったチェット・ベイカー。しかし彼の音楽はどこまでも透明で、あらゆるジャズの中でも比較的聴きやすいもので、暴力性や、無法者的な感覚は薄く、そこがまた彼の謎めいた部分を拡大しています。

アルバム「Let’s Get Lost」について、さらに深める!

ここからは私がチェット・ベイカーを聴くようになったきっかけであり、私が彼の最高傑作であると信じて疑わない「Let’s Get Lost」というアルバムについて、より文章を深めていこうと思います。

前述したようにこれはチェットを題材としたドキュメンタリー映画のサウンドトラックで、映画の監督・編集を手掛けたのはブルース・ウェーバーでした。ウェーバーは元々写真家で、ファッション業界との繋がりの深い方でした。

撮影は困難を極め、ブルース曰く「チェットはジャンキーだし、予定通りに行かず全部仕切り直しが当たり前」「スタジオにやって来たと思ったら連れてきたガールフレンドと大喧嘩を始めた」といった様子だったとのことです。

アルバムの方に話を移すと、ここでのバックはフランク・ストラッツェリ(ピアノ)、ジョン・レフトウィッチ(ベース)、ラルフ・ペンランド(ドラム)のアメリカ人三名です。また、イタリア人ミュージシャンのニコラ・スティロも一曲フルートとアコースティック・ギターで参加しています。

曲目は以下の12曲となっています。

  1. Moon & Sand (Motivo Di Raggio Di Luna)
  2. Imagination
  3. You’re My Thrill
  4. For Heaven’s Sake
  5. Every Time We Say Goodbye
  6. I Don’t Stand A Ghost Of A Chance With You
  7. Daydream
  8. ingaro (a/k/a Portrait In Black & White)
  9. Blame It On My Youth
  10. My One And Only Love
  11. Everything Happens To Me
  12. Almost Blue

アルバム全体を通して聴くと、曲と曲の繋ぎ目がとても淡い感じがします。12曲、それぞれの曲は独立していますが、まるでアルバム全体を通して一曲に完成されているような丹念な統一感があります。

どの曲もドラムは静かで、ベースもあまり激しく動き回ることはなく、ピアノはこの上なく綺麗な音で鳴ります。躍動感のあるジャズとは対極的な、どこまでも静けさを追求したジャズ。興奮を煽る感覚はなく、聴き手をパーソナルな領域へ落ち着かせるような音楽です。

個人的な話をしてみましょう。前述しましたが、私は当時高校生でした。
学生としての生活は、私を孤独や後悔の日々に誘いました。軽く話せる友達ならいなくもないけれど、本当の苦悩を思い切り告白できる人は学校にはいませんでした。勉強。進路。友人関係。教師との関係。高校生活には多くの難題が付きまとうものです。

そして当時、私はあまりに音楽を愛し過ぎていました(今も愛しています)。その愛情を他人と同じ温度で共有出来ないことが私を悔しくさせました。そのせいで自暴自棄になり、周囲に御迷惑をかけたこともたくさんあったのです。今思い出しても、あの日々の中で生きていた自分は、音楽の麻薬的な魅力に振り回され過ぎて、ほんの少し狂気に浸っていたような気がします。

ストレスや悩み、苛立ちで脳が活性化されて眠れない夜に、私はよくこのアルバムを再生しました。このアルバムを聴きながらなら、快く眠れたのです。やけっぱちで無頼な人生を生き、思い切り傷付いたであろうチェットの声こそが、私の本当に納得できる「癒し」でした。

アルバムのラストに収録された「Almost Blue」は、高名な歌手であるエルヴィス・コステロが書いたものです。
悲しみを込めているのか、それとも何も考えずに、ただ歌に入り込んでいるのか。もはやチェットの心境は複雑に過ぎて、本人も正気があったのか無かったのか、それは永遠の謎です。
しかしこの「Almost Blue」で行われている歌唱には、あまりに大きな悲しみ、生きる上で誰もが感じるであろう空虚さ、人生において尽きない悩みや悔しさに対して、「それが果たして人生の全てなのか?」と言うような、飽くなき純粋な問いが感じられます。チェットにとっては歌うこと、トランペットを鳴らすことが、波乱の人生、そして不安定に変動し続ける自分の心情との折り合いを付ける方法だったのでしょう。

しかし恐ろしくも素晴らしいのは、その苦悩も、悔しさも、全てがその美しい音像と和音の重なりによって、ある種の救いとして聴き手に提示されているところです。チェットのこの歌唱やトランペットを聴いた後の感触は、鬱屈ではなく、とても綺麗なものを見たことへの喜びなのです。チェットの音楽は単なる悲しい音楽ではないのです。
意識していたのか無意識なのかは分かりませんが、やはりそこには、音楽の力によってユートピアを夢想するような、美しく澄んだ、まさに曲名通りの明確な「Imagination」があるのです。ここが重要なところなのです。

CDを買って聴いてみよう!

ここまで深く「Let’s Get Lost」というアルバムについてお話して来ました。聴きたくなってきた方もいらっしゃるかもしれません。
不思議なことにこのアルバムはサブスクリプション・サービスでは配信されていません。聴きたい方は是非CDを買ってみて下さい。Amazonには普通に売っています。CDショップにももしかしたらあるかもしれません。最寄りのCDショップにお問い合わせ下さい。

「Let’s Get Lost」を聴いてチェット・ベイカーの音楽が気に入った方は、他のアルバムも聴いてみると良いでしょう。1950年代の初期のチェットの鮮やかさを収めた「Embraceable You」、比較的明るいビートを刻む「It Could Happen To You」など、チェットには名作がたくさんあります。この数奇な人生を歩んだ芸術家、チェット・ベイカーの音楽は、間違いなくあなたの新たな癒しになることでしょう。

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