ついにサブスクに降り立った作品群!今改めて検証すべきは「m b v」だ!
今年に入り、ロック界の生ける伝説であるマイ・ブラッディ・ヴァレンタインというバンドの作品がストリーミング配信、ダウンロード販売を本格的に開始しました。5月には新装版CD、アナログレコードも発売され、雑誌媒体やネットメディアではインタビュー記事や様々な特集が組まれるなど、着実に話題を呼んでいます。
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインといえば、やはり1991年にリリースされたアルバム「loveless」の重要性が語られます。様々な奏法を駆使して何層にもギターサウンドの録音を重ねていくことで、もはや通常のロックバンドの音像を超えた、美しい和音を持ちながらもある種狂気的なサウンドを提示し、後進のアーティストに深い影響力を及ぼしたことが「loveless」の功績でした。
しかし、今回ストリーミングで久々にマイ・ブラッディを聴いていて思うのは、自分にとって今、マイ・ブラッディの重要作はもう「loveless」ではない、ということ。では何が重要作か?と問われれば、私は迷わず2013年に発表された現時点での最新作「m b v」である、と答えます。今回は「loveless」に隠れてしまった新たな名作に光を当てたく、「m b v」に重点を置いた記事を執筆させて頂きます。
ざっくり
マイ・ブラッディ・ヴァレンタインってどんなバンド?
「m b v」について書く前に、簡単にマイ・ブラッディ・ヴァレンタインというバンドの詳細を御説明致します。1984年にダブリンにて結成されたマイ・ブラッディは、ケヴィン・シールズ(ヴォーカル、ギター)、ビリンダ・ブッチャー(ヴォーカル、ギター)、デビー・グッギ(ベース)、コルム・オキーソーグ(ドラム)の四人からなるバンドです。
1987年頃に旧ヴォーカリストのデイヴ・コンウェイからケヴィン・シールズにリード・ヴォーカリストが交代した辺りで音楽スタイルが変貌。1988年に発表された名曲「You Made Me Realise」でブレイクしてからは、男女混声のデュエットと、美しい和音をノイズと組み合わせるような不思議なギターサウンドで注目を集めていきます。
ライブでは音量を他のミュージシャンより大きく設定し、会場中を包む轟音によって観客に衝撃を与えてきました。1991年に発表された「loveless」から待望の新作であった「m b v」に至るまでは23年のブランクが空きましたが、バンドは現在も活動を続行しており、たまに更なる新作を発表する噂が聞こえてきたりもしますが、今のところ最新作は2013年の「m b v」です。
まずは、革新的な「音圧」の設定について!
まず、このアルバムを一曲目「she found now」から再生して気付くのは、現代の他アーティストのアルバムとの「音圧」の違いです。マイ・ブラッディが普段ライブで放つ轟音のような激しい音圧が飛び出すかと思いきや、そのサウンドは一聴して、いわゆる平均的なロックバンドのアルバムよりも「小さい」のです。「小さい」と言っても少し音量を上げれば現代的なボリュームになるくらいの小ささですが、この「小さい」音圧に私はメッセージを感じます。
現代のアルバムの音圧は(EDM等のダンスミュージックは特に顕著ですが)当然ながら60年代、70年代のいわゆる「名盤」と言われるようなアルバム群より上がっています。しかし、60、70年代の柔らかく丸い音質にもある種のビンテージ感というか、密やかな味わいがあるということは音楽を詳しく聴いていくと分かります。
マイ・ブラッディは「m b v」において、アナログテープによるレコーディング(録音)とミキシング(パートごとの音量調整)を行っています。それも含めると、マイ・ブラッディは意図して60、70年代のレコードのような柔らかい味わいを自らのロック・サウンドの中に求めたのではないかと推理できます。現代の音圧をひたすらに上げてダイナミックさを演出しようとする音楽的な風潮に、テープに録音された原音をきちんと聴かせよう、と対抗するような意志も感じさせます。
「m b v」がリリースされた当時は、このアルバムはミキシング、マスタリング(聴感上の音圧の調整)などの調整をちゃんと行っていないのではないか、という意見も出ていました。しかし「m b v」は実際にはあのビートルズもお世話になった、由緒正しいアビー・ロード・スタジオにてマスタリングを行っており、アナログテープも多用されています。この「小さい」音圧調整は完全に計算的に行われているものであることが伺えます。
現代的な音圧競争に対するエクスキューズを備えた「m b v」というアルバム。その音圧は、ただ「小さい」のではなく、普段私たちが音楽アルバムを聴く際に感じるボリューム感の適切さについて考えさせてくれる「小さい」音圧なのです。
謎に満ち溢れた「m b v」の世界を通して
マイ・ブラッディの音源は常に「謎」に満ち溢れています。リスナーに対して分かりやすい答えを提示するのではなく、なぜこの音がここに入っているのか?あるいは、なぜこのような転調が用意されているのか?なぜこのような音量調整が行われているのか?という「謎」がたくさん散りばめられています。
しかもその「謎」を使って容易に謎解き遊びが出来るわけではなく、リスナーは答えの無い「謎」がアルバムという集合体となっていることに驚かされながら、マイ・ブラッディの音楽の虜になっていきます。
「m b v」においては、前述の1曲目「she found now」から謎です。何しろロック・バンドのアルバムにも関わらず、ドラムが入っていないのです。ギターとベースの硬質な流れとケヴィンの幽幻な歌声が漂うこの1曲目をどう聴くかによって、「m b v」の捉え方は変わってきます。単なるアルバムのオープニングにしては5分のタイムは長いです。当然、これは意志を持ってドラムを省いているのでしょう。そしてドラムが無いことによって、この曲には妙な浮遊感が漂っている。
肝心なのは、1曲目なのに「始まり」感が無い、ということでしょう。楽器全体が元気良く鳴り響く1曲目がロック・バンドにはふさわしい!という、良く言えばポピュラーな、悪く言ってしまえば旧態依然とした態度とは一線を画すこのオープニングによって、「m b v」は特別なものになっています。これは始まりなのか?という問いの中でアルバムがスタートすることの異質さ。それを考えてみると、このアルバムは実に面白いのです。
さらに4曲目「is this and yes」に至っては、ギターの音も前面に出ず、静かな太鼓の音とオルガンのような音が鳴り響くばかり。これも謎です。マイ・ブラッディといえばギターサウンド、という多くのリスナーに共有されたイメージすら「m b v」は捨てようとしているのか、と唸らされます。
極め付けはラスト2曲「nothing is」「wonder 2」でしょう。「nothing is」はインストゥルメンタルで、同じギターのコードが機械的なリズムとともに少しずつ音量を上げながらループし続けるだけの怪曲。「wonder 2」ではドラムンベースの過激なリズムがマイ・ブラッディ特有の転調を繰り返す極彩色のギターサウンドと混ざり合います。存在自体が謎に満ち過ぎているこの2曲にも私はメッセージを感じます。それは「いい曲」「悪い曲」の基準は果たしてどこにあるのか、という問いです。
ドラマチックなメロディーが人間的に鳴り響いていれば「いい曲」で、それが無ければ「悪い曲」なのか。
あるいは、歌詞の面で道徳的・倫理的・あるいは思想的に「善いこと」を歌っていれば「いい曲」で、そうでない曲は「悪い」のか。
マイ・ブラッディは私たちが慣れ過ぎてしまった「いい曲」と「悪い曲」という身勝手な区別の仕方に意義を唱えているように思えてなりません。「nothing is」にも「wonder 2」にも、例えばコール・アンド・レスポンスが出来る余地や、覚えやすいメロディというような、リスナーとアーティストの間で出来る分かりやすいコミュニケーションはありません。ただただそこには「謎」が存在する。その「謎」がリスナーとアーティストを対面させる鏡となって機能する。その鏡は、聴き手を非日常の世界へ丁重に誘い、アーティストの心情や、芸術の本質について思考するひとときをもたらすのです。
私は「m b v」に込められたたくさんの謎めいた音やメロディーから、こうした「謎」を提示することによって生まれる、少し歪ではあるかもしれないけれど、大切なコミュニケーションの仕方を教えてもらいました。分かりやすいリズムやメロディーだから気持ちいい、素晴らしい、とは限らないのです。
「謎」の中から導き出される音楽的コミュニケーションの刺激。深み。何より楽しさ。それをこの「m b v」を通してマイ・ブラッディは提示していると私は思っています。
まずは「loveless」から、次いで是非「m b v」を!
前述しました通り、マイ・ブラッディの音楽は現在各サブスクリプション・サービスでストリーミングが始まっています。いきなり「m b v」から聴くのも良いかもしれませんが、まずは比較対象として、マイ・ブラッディの歴史的な名作である「loveless」を聴いてみて、何か感じるものがあった方は、是非「m b v」も聴いて頂きたいです。
マイ・ブラッディの音楽は、リスナーと真に深くコミュニケーションしようとする音楽です。あなたが心の奥に抱えている悩みも、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインを聴けばきっと解消されます。なぜなら、音楽の中でアーティストと行えるコミュニケーションは人の心を確実に和らげるものであるからです。是非、マイ・ブラッディ・ヴァレンタインの音楽を聴いてみて下さい。