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2021/01/10:フリーペーパーvol.58発刊!

私がパソコンに魅せられた理由〜国産パソコンを振り返る〜

私の子供時代の思い出=マイコン時代の思い出

いつも仕事のツールやゲーミングなどに使われている、パーソナルコンピュータ。
最近では、タブレットやスマートフォンなども増えてきて、触れる機会も多くなってきていると思います。世界最初のコンピュータは、アメリカ陸軍の弾道計算という軍事目的のものでした。
それから約75年。今ではあらゆるものがデジタル化され、私達の生活に欠かせないものとなってきました。今回は日本で開発、販売された、いわゆる”レトロ国産パソコン”の変遷を見ていこうと思います。

日本で最初のパーソナルコンピュータ

日本で最初に開発されたパーソナルコンピュータは、日本電気(NEC)のTK-80であると言われています。CPUはintel8080互換CPU(μPD8080A)、メモリが512バイト、16進キーボードと8桁のセグメントLED表示部を備えるワンボードマイコンで、発売当時の価格は88,500円。企業の技術者向け評価・教育キットでした。
その後、キーボード・モニタ・記憶装置が一緒になったオールインワン・コンピュータができました。ソード電算機システムのM200です。Z80A・4MHzに64KBRAM搭載で、当時の価格でなんと150万円(!)もしました。今では考えられない金額ですね!

そして8ビットパソコン全盛期へ

その後、パーソナル用途向けの安価なマシンが各社から発売されました。シャープのMZシリーズ、日立のベーシックマスター、日本電気のPC8000シリーズなど当時を知る人には聞き慣れたマシンが登場します。当時のパソコンは電源を入れるとROMに書き込まれたBASICが起動するものが多く、私もよくBASICでプログラミングをしていました。
そして、各社から次々と独自規格のパソコンが出現しました。同じBASIC言語でも各ハードウェアの仕様が違うので、当時のプログラムを掲載している雑誌には他機種への移植プログラムが掲載されていることもしばしば見受けられました。

また、遊ぶ用途としては、値段が高かったこともあり、電気店やパソコンショップでデモ機を使って遊ぶ”ナイコン族”と呼ばれる子供も多かったです。私もその一人でした(笑)。某マイコンランド様、その節は大変お世話になりました(笑)。おかげでPC−8201などのハンドヘルドコンピュータやPC−100など高価なマイコンにも触れることができました。

10 CLS
20 PRINT ”Hello,World!”
30 END

初めてプログラムを組んで、”Hello,World!”が画面に表示されただけでも、当時はワクワクしたものです。BASICプログラミングの基礎はそこで培われたと言っても過言ではありませんでした。現在は、すぐそばに高度なプログラミングができる環境が整っています。当時の私からしてみれば、羨ましい限りです。

家にパソコンがやってきた

私が中学校のときに、ついに家にもパソコンがやってきました。その名は松下電器FS-A1。MSX2です。8ビットパソコンの中でも、MSXは特に安い機種でした。当時10万円以上が当たり前でしたが、なんとこの機種、希望小売価格が29,800円でした。お正月セールでもっと安く買ったと思います。本当に使い倒したと思います。プログラムを作っては、テープレコーダーに保存。その後、マシン語にも挑戦しました。アセンブラをBASICで作って、ゲームなどを作っていました。当時は無いものは自分たちで作る、という風潮でした。アセンブラがないのなら、アセンブラを作ればいいじゃない。という発想ですね。テクニカルハンドブック片手に(片手で持てるものではないですが)試行錯誤していたのもいい思い出です。
当時のコンピュータの中身が、今ほど複雑でなかったのも気軽にできた要因だったと思います。電源を強制的に切るなど意図しない動作をしても、システムが不安定になることはないですから…。

やがて、時代は16ビットへ

仕事のツールとゲーミングというコンピュータの2つの大きな市場は、徐々に8ビットマシンから16ビットマシンへシフトしていきました。前者はPC-9800シリーズなどに、後者はスーパーファミコンなどコンシューマ機にその座を明け渡していきました。性能もますます進化し、特にシャープのX68000が登場したときの衝撃は大きかったです。
当時のアーケードゲーム基板で多く使われていたモトローラ社のCPU・MC68000を使っていて、その遜色のないアーケードゲームの移植は目を奪われるほどの出来であったのを記憶しています。初代X68000のバンドルソフト(!)である”グラディウス”の移植作も本当にアーケード版と遜色のない出来でした。また、店頭デモの総天然色ツタンカーメンが今でも記憶にあります。
国内シェアで圧倒的首位を誇っていたPC-9800シリーズですが、それもWindows95の台頭とともに徐々に価格の安いDOS/V互換機に取って代わられました。それとともに、国産パソコンの市場も徐々に縮小していくこととなります。

時を超えて

少し前に、PasocomMiniとして、NECのPC-8001やシャープのMZ-80CがHAL研究所より発売されていました。残念ながら実機は持っていないのですが、当時の筐体を1/4スケールで再現しているとのことで、いつの日か実機を見てみたいと思います。
また、この頃のパソコンは機種ごとに本当にコアなファンが多く、だからこそこうして復刻版が発売されているのだと思います。他にもファミコンを皮切りに、PCエンジンやメガドライブなどレトロゲームハードのミニ版も続々と発売されています。パソコン・ゲームハード等に関わらず、それぞれの機種でいまだにコミュニティーが活発であったり、有志の手によって新しいゲームやアプリケーション・ハードウェア等がリリースされたり、中古品を修理して使っている動画が国内・国外問わずアップされ続けていることを取っても、ユーザーの情熱の熱量の凄さががわかると思います。

今回のまとめ

ざっと日本のコンピュータの歴史を振り返ってみましたが、いかがだったでしょうか?マイコンランドに通ったり、一日中プログラミングに没頭していたあの頃が、懐かしく思い出されます。約40年間、多かれ少なかれ、PCと関わって生活をしてきましたが、その技術の進歩は本当にとどまることを知らず、青天井です。
しかし、こういった過去の積み重ねがなければ、今のパソコンを取り巻く環境もなかったかもしれません。私たちも、自分の理想に向かって一日一日の積み重ねを大事にしていきたいですね!

本体やキーの色が懐かしい一品ですね!当時の記憶が甦ってきます…

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