副業者の補償が手厚くなり、労災認定基準も緩和されました。
昨今、副業が珍しいものではなくなり、本業を持ちながら他の会社で働いたり、フリーランスとして副収入を得ている人も増えています。また、複数のアルバイトを掛け持ちするような働き方も以前から存在していました。
本稿では、そのような環境の中、ダブルワークをしている人を対象として行われた、2020年9月1日付の労災保険法の改正について解説をします。
副業の会社でも労災保険は適用される
まず、副業中に労災が発生した場合、フリーランスとしての副業の場合は、労災保険の対象にはなりませんので、怪我をする恐れのある副業を行う場合は、自身で民間の保険に加入するなどして備える必要があります。一方、フリーランスではなく、副業の会社に労働者として勤務している場合や、複数の会社で掛け持ちのアルバイトをしている場合は、副業の会社や、短時間だけ勤務している会社で労災が発生したとしても、労災保険の対象となります。
雇用保険は週20時間以上勤務、社会保険は週30時間以上勤務というように、保険に加入できる勤務時間数の下限が決まっていますが、労災保険は、労働者でありさえすれば、週1日、1時間だけの勤務時間であっても適用されます。ですから、どんなに短い勤務時間であってとしても、副業の会社で怪我をしたり、副業の会社への通勤途中で事故にあったような場合は、必ず労災の申請をするようにしてください。健康保険や国保を使うと本人が3割負担になってしまいますが、労災扱いの場合は、治療費を全額、国が負担しますので、被災労働者本人の負担はゼロで済みます。
このように、治療費だけ見ても労災を利用するメリットは大きいですので、会社で労災の申請をしてくれない場合は、会社の所在地を管轄する労働基準監督署に相談をしてください。
副業の会社で労災が発生した場合の問題点
ところが、今回の法改正前までは、副業の会社で労災が発生した場合、大きな問題点がありました。それは、労災の怪我や病気で労務不能になった場合の休業補償給付や、障害が残った場合の障害補償給付、死亡した場合の遺族補償給付が低額になってしまうということです。労災保険の休業補償給付は、1日当たりの給付基礎日額(≒1日あたりに換算した賃金額)の80%です。また、障害補償給付や、遺族補償給付の年金額も、「給付基礎日額の〇日分」という形で決まっています。
法改正前は、この給付日額が、本業と副業で分断されていました。すなわち、本業の会社で労災が起こった場合には、本業からの賃金のみから給付基礎日額を計算し、副業の会社で労災が起こった場合には、副業の会社の賃金のみから給付基礎日額を計算するというルールになっていたということです。
その結果、副業時に労災が発生した場合は、低額の休業補償しか受けられないまま本業は無給での欠勤扱いとなったり、障害補償給付や遺族補償給付も低額になってしまう恐れがありました。
法改正による制度改善
昨今は、厚生労働省のモデル就業規則を副業容認の内容に改訂するなど、国策としても副業解禁を進めている中、安心して副業を行うことができない環境のままにしておくのは望ましくないと国は考えました。そこで、2020年9月1日からは本業で労災が発生した場合も、副業で労災が発生した場合も、両方の会社の賃金を合算して給付基礎日額を求めて良いということになったのです。この結果、ダブルワーク者は、労災発生時、常に、自分の労働全体をベースとした休業補償や障害補償、そして遺族補償を受けられるようになりました。
加えて、労災を認定する際にも、本業と副業を通算して良いことになりました。すなわち、従来は、過重労働があったかどうかの残業時間数や、精神疾患の原因となったストレスの程度は、労災が発生したほうの会社の事情しか考慮されませんでした。これが、今回の法改正で、本業と副業の残業時間やストレスを通算して良いことになったのです。
今回の法改正では、副業者の補償が手厚くなっただけでなく、労災の認定基準自体も緩和されたということです。
まとめ
今回の労災保険法の改正により、副業者の労災補償は大きく改善されました。しかし、誰がダブルワーク者であるかを労災を認定する労働基準監督署が把握しているわけではありませんから、本人が労災を申請する際に、自分がダブルワーク者であることを踏まえ、労災の申請をしなければなりません。
現在ダブルワークをしている人や、ダブルワークをする予定がある人は、本稿の知識を覚えておいていただき、万が一、労災が発生した場合には、損をしないように対応して頂きたいと思います。
プロフィール
榊 裕葵(ポライト社会保険労務士法人代表)
大学卒業後、製造業の会社の海外事業室、経営企画室に約8年間勤務。その後、社会保険労務士として独立し、個人事務所を経てポライト社会保険労務士法人に改組。マネージングパートナーに就任。勤務時代の経験も生かしながら、経営全般の分かる社労士として、顧問先の支援や執筆活動に従事している。また、近年は人事労務freee、SmartHR、KING OF TIMEなどHRテクノロジーの普及にも努めている。
主な寄稿先:東洋経済オンライン、シェアーズ・カフェオンライン、創業手帳Web、打刻ファースト、起業サプリジャーナルなど
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