障害者雇用促進法の改正よりも大切なことが他にあります!
令和元年6月7日、改正障害者雇用促進法が成立しました。
法改正の背景
今回の改正は、中央省庁の障害者雇用水増し問題を受け、行政機関への厚生労働省の監督機能強化を柱とするものです。
中央官庁の障害者雇用水増し問題とは、2018年に発覚した、中央官庁において、障害者手帳の交付がされていないなど、障害者に該当しない者を障害者に当たるとして雇用し、その結果、障害者の雇用率が水増しされていた問題です。
中央官庁(国)や、地方公共団体の障害者の法定雇用率は2.5%(発覚当時は2.3%)です。
障害者雇用水増し問題が発覚するまでは、中央官庁全体で障害者雇用率は2.50%(平成29年6月1日時点)とされていましたが、再調査委の結果、実態としての障害者雇用率は1.17%に過ぎなかったということが判明しました。
※上記雇用率の数字の根拠は、厚生労働省作成の「障害者雇用の促進について関係資料 平成31年1月18日」に基づく。
障害者雇用を推進すべき国が、数字を誤魔化し、また、法定雇用率の半分ほどしか達成できていなかったということは大きな社会問題です。
そこで、このような不祥事の再発を防止するために、今回の障害者雇用促進法の改正が行われました。
法改正の内容と懸念
法改正の具体的なポイントは以下の3つとなります。
第1は、中央官庁や地方自治体の雇用率への計上方法が不適切な場合、厚生労働省が適正に実施するよう勧告できる権限を持つようになることです。
第2は、雇用した障害者の障害者手帳の写しなど、確認書類を保存することを、中央官庁(地方自治体・民間も含め)に義務付けることです。
第3は、中央省庁が法定雇用率を下回った場合は、民間企業に義務付けている納付金(≒罰金)と同様に、不足が1人に付き年60万円のペナルティを科すということです。
これらの法改正により、不祥事の再発防止を願いたいところですが、懸念も残ります。
厚生労働省が中央官庁や地方自治体への勧告の権限を持つといっても、いわば「身内同士」ということになるので、本当に実効性を持った勧告が行われるのかということです。また、勧告は行政指導の一種なので、法的強制力や罰則が無いですから、その点からも実効性に不安を感じずにはいられません。
また、民間企業同様に60万円のペナルティを課すと言っても、民間企業のように金銭を納付するのではなく、翌年度の予算を削るスキームであり、別の部分の予算を増やせば実質的に相殺されてしまうことや、国全体で見れば結局は税金の配分を見直すだけであるため、中央官庁が金銭的な痛みを実感するかという点においても、実効性は小さいと言わざるを得ないでしょう。
ですから、法律の仕組みに任せきるのではなく、国民が中央官庁の障害者雇用状況をしっかりと監視し、障害者雇用が進んでいないようでしたら、世論として声を上げていかなければならないと思います。
意味のある障害者雇用を
加えて、さらに重要なのは、単なる数字合わせではなく、障害者の方が能力を発揮し、やりがいを持って働けるような障害者雇用環境を中央官庁が作っていく必要があることです。
国会審議の中で、中央官庁の障害者水増し問題が発覚した後、平成30年10月から今年4月までに追加採用された障害者2518人のうち、131人が既に退職したことも明らかになりました。最も離職率の高い国税庁では、819人を採用したものの、すでに79人が退職し、退職率は9.6%に上っています。
障害者の方に、やりがいのある仕事を与えられていなかったり、仕事自体を適切に与えることができず、長時間机に座っているだけの状態にしてしまったということが原因ではないかと考えられています。
このように見ていくと、「障害者雇用率の達成」という数字を追い求めるだけでは、本当の意味で中央官庁で障害者が活躍できるようになったとは言えません。
障害者の方を受け入れるための各省庁内での体制づくりや、上司になる立場の人に対する教育研修などが、数字の達成率以上に、はるかに重要ではないでしょうか。
プロフィール
榊 裕葵(ポライト社会保険労務士法人代表)
大学卒業後、製造業の会社の海外事業室、経営企画室に約8年間勤務。その後、社会保険労務士として独立し、個人事務所を経てポライト社会保険労務士法人に改組。マネージングパートナーに就任。勤務時代の経験も生かしながら、経営全般の分かる社労士として、顧問先の支援や執筆活動に従事している。また、近年は人事労務freee、SmartHR、KING OF TIMEなどHRテクノロジーの普及にも努めている。
主な寄稿先:東洋経済オンライン、シェアーズ・カフェオンライン、創業手帳Web、打刻ファースト、起業サプリジャーナルなど
著書:「日本一わかりやすいHRテクノロジー活用の教科書」