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2018.11.10:フリーペーパーVol.32発刊!

大坂なおみ全米OP優勝で思い出す現役時代の伊達公子

全米オープン優勝の大坂なおみは伊達公子を越えたのか?

女子プロテニスプレーヤーの大坂なおみ選手が、2018テニス全米オープンで優勝し、男女通して日本人初となる4大大会優勝を果たしました。

これまでの日本人選手による最高成績は、男子の錦織圭選手が達成した全米オープンでの準優勝です。ベスト4であれば、1996年ウィンブルドンで伊達公子が準決勝に進みました。

明治時代までさかのぼれば、佐藤次郎という男子の選手が全豪、全仏、ウィンブルドンでベスト4まで勝ち上がっています。

なかでも、近年における男女を通じての世界有数とされる日本人選手を挙げるなら、大坂、錦織、伊達、の3人が群を抜いているでしょう。

大坂なおみと伊達公子の違い

大坂なおみと伊達公子は、体格に関する特徴は真逆です。

身長180センチで頭上からパワフルなサーブを打ち下ろす大坂に対し、現役時代の伊達の身長は165センチほどしかありませんでした。

伊達のリターンエース

伊達が威力を発揮するのはサーブよりもリターンでした。特に、1本めのリターンでエースを狙える選手でした。

テニスにおいて、身長は勝敗を分ける大きな要素となります。上下左右どの方向に対しても、ボールに対する可動域が広がるし、同じ距離をダッシュするにしても、少ない歩数でボールに追いつくことができます。

伊達公子のライジングショット

伊達はテニス選手としては小柄でしたから、サーブやストロークについては分の悪い勝負を強いられていました。体格面でハンデを抱えながら、世界のトッププロであり続けるために伊達が採用した独自のプレースタイルは、今でも有名です。

「ライジングショット」、ですね。

ライジングショットも、現代のテニスにおいては特に珍しい技術ではなくなってしまったのかもしれません。しかし、当時の女子テニス界において、伊達のライジングは女子のトップランカーを警戒させるに十分な武器と言えました。

テニスでは通常、相手からのボールをリターンするとき、ボールがコートにバウンドして高い位置に跳ねたところを狙って打ちます。腰の位置までボールが跳ねるのを待てば打ちやすいし、ラケットを振り抜く体の軸回転もスムーズに行なえるからです。

その一方で、ボールを待つのですから、体勢を整えるための時間を相手に与えることになります。構えをしっかり整えてしまった相手に対してポイントを取るには、よほど鋭いコースを狙わなければならないでしょう。

伊達引退から22年、大坂なおみUSOPEN優勝

伊達が選んだライジングショットとは、自陣のコートにバウンドしたばかりのボールを、まだ十分に跳ね上がっていない低い位置のまま打ち返すというものでした。

伊達公子が勝てた理由

ライジングショットついては、伊達本人も「諸刃の剣」と考えていました。コートに跳ねたばかりのボールを返球するという難しいショットを、世界のトッププレーヤー相手にミスなく繰り返すには、高い技術が要求されます。

ライジングショット

打ったばかりの相手は振り抜いた直後なので、まだ体が開いています。リターンに対応する体勢を整える時間もありませんから、伊達がポイントを奪う確率は高くなります。そのかわり、伊達にしても、低いボールにラケットを合わせるわずかなタイミングを逃せばミスショットとなるのです。

テニス経験がある方なら、バウンドしたばかりの低いボールを正確に打ち返すことがどれだけ難しいか、理解していただけるのではないでしょうか。

それでもライジングを選んだ理由について、自分がどの部分で勝負すれば大柄で手足の長い選手に勝てるか考えた末の決断だったと、伊達は現役引退後に語っています。

伊達から学ぶ、大坂なおみのプレーを楽しむ方法

体格面に大きな違いのある2人ですが、ベースラインの往復からボールを相手コートの深い位置に返すというプレースタイルには共通点があります。大坂が全米で優勝したことで伊達公子を思い出した理由は、「そういえば、リターンが似てるな… 」と思ったからです。

テニスは波の激しいスポーツ

大坂なおみが4大大会で優勝したばかりということで、国内では大坂を世界チャンピオンとみなすファンもいるようです。結果を出したばかりでもあり、女子テニス界の強豪の一人として世界でも認識されているでしょう。

しかし、テニスはメンタル面が大きく影響するスポーツです。男子でランキング1位にもなったことのあるジョコビッチやフェデラーでさえ、ツアー1回戦や2回戦で敗退することもあります。そのような繊細なスポーツで、大坂がこれからも安定してトップ選手であり続けるために、ファンである私たちやマスコミが、特に注意しなければならないことがあります。

伊達が辞めた理由

伊達公子が、当時若干27歳の若さで引退した理由を覚えていますか?

ウィンブルドン準決勝、日没サスペンデッドの末惜しくもシュテフィグラフに敗れた直後の引退でした。引退当時、伊達はまだ十分にプロ選手として戦えたはずです。

「テニスそのものを、嫌いになりたくはなかった」

スポーツ選手は、スポーツで好成績を上げることが仕事であり、ファンとの関係性は「赤の他人」です。そして、テニスの勝負はいつも紙一重です。勝ちと負けに大きな差は存在しません。

私たちが過剰な期待をかけることなく、大坂選手がテニスのプレーだけに集中できるようなファンであり続けることが、彼女のプレーを長く楽しむために守るべきマナーです。

ベースラインからネットまでダッシュしてみると、たった1人でコートを守りきることの難しさが分かります。

テニスプレーヤーは、いつも孤独と戦っているのです。