「また遊びに来なよ〜」「うん、婆ちゃんも元気でね、また遊びに来るね〜!!」これが僕とお婆ちゃんが交わした最後の笑顔での会話である。自分が言うのもなんだけど、笑顔が可愛くて優しいお婆ちゃんだった(笑)

8月になるといつも思い浮かぶ。

それは4年前の8月に遡る。突然親戚の叔父さんから「お婆ちゃんが病気で倒れた、医者からもう危ないかもしれないと言われたから最後に顔でも見せに来てくれないか?」という連絡がきた。

そして家族全員でお婆ちゃんが入院している病院へ向かった。病室に入るとたくさん点滴の管が繋がれたお婆ちゃんがベッドに寝ていた。目は開いていたが、会話も返事もできないぐらい弱っていた。誰が声を掛けても一切返事はない。目を一点に見つめてたまま人工呼吸器を当てて息をしていた。

その場にいた家族、親戚みんな目が赤くなっていて泣いていた。気が付いたら僕も泣いていた。しばらくしてお父さんが「そろそろ帰ろうか?」と言ってきたので、最後に僕はお婆ちゃんの手を握りしめて耳元で「また遊びにくるからね」と言って病室を出ようとしたその時だった。

お婆ちゃんは一瞬だけ僕の手を強く握り返してくれたのだ。お婆ちゃんの涙腺からも若干の涙が溜まっていたのだ。

親戚の叔父さんが「初めて婆ちゃんが返事してくれたぞー!」と喜んで先生を呼びに行った。僕の声だけがお婆ちゃんに伝わったのだろうか?先生もビックリだった奇跡の瞬間だったのだ。これでお婆ちゃんきっと元気になるぞ!とそう信じていた。

しかし、その願いは叶わずその2週間後にお婆ちゃんはあの世へと旅立って行った。

僕は消化器の難病を患っていて病状が悪化し腹痛と倦怠感が激しくとても動ける状態ではなかった。そしてお婆ちゃんのお葬式の日がやってきたのだ。こんな体調で出席できるのか?と悩んでいた。

するとお父さんから「体調の悪い状態のお前を婆ちゃんが見たら余計悲しむからお前は病院で婆ちゃんにサヨナラを伝えてやってくれな。お前がこの前耳元で語りかけた時にギュッと手を握りしめたのが婆ちゃんは凄く嬉しかったんだよ。お前の事を本当に大切に思ってくれてたんだよ。お葬式に行けない事は気にしなくていいんだぞ」と言ってくれた。

病気が悪化してお葬式に行けないという何とも情けない理由、最後の最後でお婆ちゃんに悪い事をしてしまったと思った。悔しかった、人生で一番自分に腹が立った。お婆ちゃんの最後を見届ける事ができなかった自分に。

お葬式の日、僕のスマホに家族や身内の人からお葬式の写真や内容がメールにたくさん送られてくる。それを見ながら僕は一日中病室で泣いていた。看護師さんは「どうしたの?」と心配してくれて、事情を説明したらその日だけ特別に個室に移してもらった。大部屋だったので周りの患者さんの迷惑にならないようにという僕からのお願いと、消灯時間でも周りを気にしないで起きてていいし、スマホも使っていいよという看護師さん達からの優しい配慮だった。

それから体調も良くなって、1年後、僕はお婆ちゃんのお墓の前に立った。手を合わせ「お葬式行けなくてごめんね、天国から笑顔で応援してね、僕も病気に負けず頑張るよ」と心からメッセージを送った。

手術日にお見舞いに来てくれた時、「あんたと身体を変わってあげたいわ」と言って泣きながらこんな僕を抱きしめてくれたお婆ちゃんだった。

今でも僕のスマホにお婆ちゃんと一緒に撮影した写真が残っていて、これが僕の一番大切な宝物である。毎年8月になるとお婆ちゃんが天国から僕を応援してくれる声がする。

「体調はど~け〜?無理せずに頑張りなよ〜!!」と(笑)

僕は病気に負けず少しずつ一歩一歩前へ進んでいる。お婆ちゃんいつもたくさんの笑顔をありがとうと今でも天国へ語りかけながら頑張っている自分がいるのだ。

さぁ、明日も笑顔で仕事を頑張ろうっと!