私は、身体的には何の不自由もない身体で親に産んでもらって、普段の生活を送るのにそこまで特にこれといって何の不便も感じない。しかし、障害者差別解消法が施行された今でも、目が見えない、耳が聞こえない、と言った人たちに対し、社会は本当に合理的配慮をしているのだろうか。

見えない、聞こえない、といった感覚は、私達にとって一体どんな感覚なのか、想像も出来ない。だからこそ、この記事を見つけた時、こういった企画は非常にありがたいと思った。

 耳が聞こえない状況を疑似体験し、要約筆記などの大切さを知ってもらうイベント「サイレントデイ」が23日、愛媛県今治市南宝来町1丁目の市総合福祉センターであり、市民ら約120人が聴覚障害者への理解を深めた。

参加者は耳栓をした状態で、あさくら人形劇団「つくしちゃん」(同市)による「3びきのかわいいこねこ」を観劇。舞台脇のスクリーンに映し出される字幕や手話を頼りに物語を理解し、耳の代わりとなる視覚情報の重要性を学んだ。口の動きだけで相手の言葉を読み取る口話クイズや筆談用ホワイトボード作りなどもあった。

これを見て思い出したことがある。

おそらく私の他にも、体験した方は居るであろう。擬似的にお年寄りのような身体状況を体感できる、おもりだったりサングラスだったり、それらをごちゃごちゃと装着し、普段見慣れているはずの場所を歩いてみた時のこと。

こんなに体のバランスが取りづらい、いつも見える場所が霞んで見えない、ちょっとした段差も足を上げること自体が一苦労、いつもより歩いた距離は短いはずなのになんだかどっと疲れてくる。

今、ちょっと思い出すしただけでもここまで挙げることができた。

これらは、今までの「言葉で教わる」知識とは全く別の、「実際に体感した」知識だ。

言葉では説明できない「感覚の理解」が、そこには確かにあった。いくら言葉や理論を積み重ねようと、感覚的なものを「感覚で」理解することは出来ないのだ。

だからこそ、こういった障がいの疑似体験が出来るイベントがもっといろんな場所で行って欲しいと願う。

東京や大阪などの都会だけでの開催だと、興味があってもなかなか足を伸ばすことが出来ない。少しずつでいいので、ぜひ地方でもこのようなイベントを行っていただきたい。

またこういう体験をする方を、単純な人数だけでなく、さまざまな年齢層から幅広く増やしたい。

これから社会に出て行く若者だけでなく、お年を召された方もまた、こういった体験をすることによって学べることはきっと多いだろう。

このようなイベントを経て、せめて参加した方々だけでも障がいを抱えている人たちへの理解を示して貰えたら嬉しいし、これをきっかけに、何の罪もない障がいを持つ人たちへの偏見を無くす輪がどんどん広がっていくことを願う。

改めて、このようなイベントを企画してくれた主催者にも感謝すると共に、このイベントに集まってくれた人たちにも感謝する。

そしてこれからもぜひ、出来る限りこの会を重ねていって欲しい。

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via:愛媛新聞ONLINE