先日「乳と卵(ちちとらん)」で2008年に芥川龍之介賞を受賞した作家の川上未映子さんの記事が話題となり、賛否両論飛び交っていた。”配偶者に対して主人や嫁という言葉を使うのは辞めよう“というものだ。家庭内に主従関係・構図があるのはおかしい、主人や嫁なんて呼ばずにフェアであるべきだ、と。

あなたはどう感じるだろう。彼女は自身の4歳の息子に対しても男女のフェアネスについて徹底して伝えているという。

夫婦は「共同経営責任者」?

逃げ恥ダンスが社会ブームにもなったTBSテレビの火曜ドラマ「逃げるは恥だが役に立つ」でもこのような言葉があった。夫も妻も「共同経営責任者」である。どちらも家庭を支える立派な職業だから、というものだ。

川上未映子さんの記事を読んで、正直個人的には「嫁」でも「妻」でも「家内」でも「奥さん」でも「旦那」でも「主人」でも「夫」でもなんでもいいような気がするのだが、そうではないと訴える人も多いようだ。2017年になった今、社会的に男も女もフェアであるべきだという考えはわかる。ただ、主従関係を意識して「主人」と呼んでいる嫁側は多いのか?主従関係を意識して「嫁」と呼んでいる夫側は多いのか?という事が疑問だった。

おそらく、男女のフェアネスなんて特に意識せずに呼んでいる人が多いのではないだろうか。世間が”そう呼んでいるから”という理由で、もしくは夫婦とはそう呼び合うものなのだとどこかで意識付けられているからなのではないか。夫婦間の呼称なんて、なんとなく無意識に呼んでしまうものなのではないのか。と、個人的には思う。

たかが「呼称」、されど「呼称」?

とはいえ、そのたかが「呼称」も、されど「呼称」だと川上さんは話す。言葉の力は大きなもので、呼び名で関係性が形成されていくのだと。確かに、そう言われてみると思い当たるフシもなくもない。

中には「主人」と呼ぶ事を「嫁」と呼ばれる事を喜ぶ人も少なくないかもしれない。中にはあえて「主人」と呼びながら、家計を支えている妻もいるかもしれない。呼び名や関係性は、それぞれの家庭で違うものだ。主人や嫁という言葉を使う事に違和感を抱える人は、何かしらの小さな主従関係による不満を抱えているのかもしれない。そしてそれはおそらく、無意識に蓄積されていくもののような気がする。

現在置かれている様々な立場からは、今回の川上さんの意見に賛否両論みられる。「押しつけだ」という人もいれば「どうでもいいじゃん」「確かにそうだ!」と皆SNSで意見をぶつけ合っている。

ピンク好きな仮面ライダー、戦い男を守るプリキュア

川上さんの言うように、確かに最近は仮面ライダーもピンクを着るし、プリキュアだって闘う。ジェンダーレスなファッションが流行り、オネェタレントやゲイ・バイセクシャルであるとカミングアウトする人も増えてきた。弱い男もいれば、強い女もいる。個人的には、その時に余力のあるほうが支えればいいのではないか、との声に賛同派だ。セーラームーンを助けるタキシード仮面は”女を守る男”ではなく、”その時たまたま余力があったほう“と捉えれば、フェミニズムを無理強いする側の怒りも少しは和らぐのでは…。

ただ、やはり望んでいない「らしさ」からは誰しも解放されたいものなのだろう。車や電車、戦いごっこが好きな女の子もいる。メイクをしたい男の子もいる。「妻」になる工程を飛ばして「母」になる女性もいれば、「妻」だけど「母」ではないと世間からプレッシャーをかけられている女性もいるだろう。男性にだって更年期障害はあるし、生理のこない女性もいるのだ。

性差別主義だとかフェミニズムだとか、定義がどうとかにはあまり興味はないのだが、「女だから」という理由で限界が作られていることもある。「男だから」という理由で「稼いでなんぼ」的なことを言われる。周りを見渡せば男の影が心地いいという女性は多く、そんな女性を守る男らしさに酔う男性も多いのだ。そう考えるとあながち人間は平等なのかもしれないと、なんとなく思ってしまう。

今回の呼称問題。結局どう呼べばしっくりくるものなのだろう。個人的には「ぺこりん」と「りゅうちぇる」には主従関係を全く感じない、という結論に勝手に至った。

「主人」や「嫁」という言葉は賞味期限 川上未映子さん:朝日新聞デジタル 3月8日は国際女性デー。作家の川上未映子さんは、4歳の息子さんに「男女のフェアネス」を徹底して伝えているといいます。そのわけは――。     ◇ いま4歳の息子は、3歳の頃から「男は強くて女は弱いん…www.asahi.com

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