その大きな災害があったとき、私はちょうど歯医者で治療を受けている最中でした。
暖かい春の陽気で病院の外は交通量も少なく、治療の最中にウトウトしてしまうほど穏やかな日中だったと記憶しています。

治療が長引いて1時間近く経った後、地元の保健福祉センターに戻るとデイサービスのフロアで、大勢の人がテレビの前に腕組みをして立っていました。

そして、そのテレビで報道されている内容から、私は東北地方で震度7の地震が起きたことを知ったのです。

東北地方から見て日本列島のほぼ正反対に位置する鹿児島県に住む私にとって、襲ったばかりの地震に対する印象は「テレビの中の出来事」でしかありませんでした。

はじめはよく分からないことだらけ。
一方、死者の数は千人単位で増えていきます。

そういえば、明日3月12日は九州新幹線の全線開通日だな…と、ふと思いました。

地震と津波、原発事故、支援物資

テレビはほぼすべてのチャンネルと番組が災害の報道に変わりました。
地震による津波が押し寄せて人も車も建物も流されていく映像が連続して映し出されます。

死者行方不明者の人数がどんどん増加しながら報道され、行方不明となった人の名前が次々と知らされます。

コマーシャルはACのものが多数を占め、本来ならエリアごとに無料視聴を規制しているインターネットラジオの radiko が、災害の情報を全国各地に知らせるために、そのブロックを解除しました。

死者と不明者の合計が1万人を超えます
引き受け先として親族に知らせるため、遺体の状態が生々しく報道され始めました。

福島で、原子力発電所が爆発事故を起こしたというニュースが入ってきました。
東京電力がかたくなに否定し続けていた炉心溶融(メルトダウン)が、実は初期の段階から存在していたことが、のちに報道されることとなります。

海外からの反応も入ってきました。
あらゆる国から支援の声があがり、「支援大国日本を、逆に支援するのは今しかない」との各国の声も報道されました。

そしてその多くを日本政府が断っていたことも。

募金も支援物資も大量に集まったもののそれが被災地になかなか届かないこと、政府の対応の遅さや、行政上の手続きにより迅速に配分できない事情など、日本という国の制度上の不都合が、いろいろと明らかになってきました。

批判、不満が、高まっていました。「不謹慎」という言葉が広まっていました。

お笑い番組や楽しいイベントなど、こんな時に不謹慎、というものです。
そして「不謹慎」という概念に対する批判も上がることになります。

鹿児島という土地からの反応

東日本地域で、実際に被害にあっている方々の気持ちはその土地に住む人にしか分からないことでしょう。

しかし、ニュースは次々と入ってきます。
自分を含め、鹿児島、九州の人たちの反応は、自分の周囲を見回しても、「出来るだけのことをしたい」そして「私たちには本当の苦痛は分からないけど寄り添って共感したい」というものでした。

なかには、現地のボランティアに向かう人もいました。

ボランティアでさえ、後々いろいろな問題にもなりましたから、その点は申し訳なく思っています。

募金活動は、あらゆる団体が乱立する状態ではあったものの、頻繁にあちこちで行われていました。
そして、少しでも役に立てばと多くの人が経済的な支援に関与していました。

メディアの報道については、少しでも正しい情報を得るため、ニュースも新聞も自分の目で正しく判断できる力が問われはじめました。

テレビというメディアがさらに他のメディアを批判するという傾向も生まれ、私は、日本の支援について政府の対応力の弱さを批判する文章をIAEA、ABC、BBCなどの Facebook に英文で送ったりしていました。

九州新幹線全線開通

地震の襲った翌日の3月12日は、九州の人が長年にわたり待ち続けてきた、九州新幹線が全線開通する日でした。

しかし、マイア・ヒラサワの曲「Boom!」で人気を博したテレビCMは、震災が起きたタイミングで封印され、その後、通常のテレビCMとして放送されることはありませんでした。

そしてそのことを、鹿児島に住む私は「そういうものだよね」と思い、同時に「少し残念」とも思っていました。しかし、自分の知る限りではありますが、たくさんの亡くなった方のことがむしろ気になっていたのです。

地震、津波、原発放射能汚染、避難生活、などに苦しむ被災者の方々の今後のことが気にかかっていました。

政府の支援の方針メディアによる報道の在りかたに対する不満や批判も、仲間内での世間話として中心的な話題になっていました。

九州新幹線のCMが YouTube で多く視聴されていたことは、後になって知りました。
それだけでも嬉しいことだし、九州新幹線の車両が内装も含めて綺麗で乗り心地が良いと評価されて、嬉しく思います。

日本列島の真逆、九州の南端から見た東日本大震災は当初、テレビの中での出来事に過ぎませんでした。
しかし、それは次第に切実さを増し、身近にいつ訪れるか分からない災害として、普段から認識されるようになっています。

最近は、日本のあちこちで大きな地震が発生しています。
昨年の春には、熊本でも震度7の地震がありました。

その度に、ボランティアで活動する方々が土地同志で互いに助け合う姿を見聞きします。
多くの日本人が思うほどには、九州の人は東日本大震災を遠くのこととは思っていないし、その翌日の新幹線開通の広告が自粛されたことを残念にばかりも思っていません。

近ごろは、国内海外問わず、鹿児島への観光客は増える一方です。こちらは、とてもいい雰囲気です。

東北を中心に被災された方々が、「不謹慎」を理由としてイベントやテレビ番組を「自粛」する傾向について、あまりよく思っていないことも最近ではよく知られることとなりました。

この震災に始まる一連の被災を、忘れることは決してありませんが、どんなにひどくて辛い経験ではあったとしても、私たちがすべきことは「」と「未来」に目を向けて、より良く生きることであることは、よく理解しているつもりです。

3.11 震災・復興 – ニュース特集:朝日新聞デジタルwww.asahi.com

via:朝日新聞 DIGITAL

東日本大震災 – Wikipediaja.wikipedia.org

via:Wikipedia