あなたは、小沢健二を知っているだろうか。実のところ私は、彼を知らない。
小沢健二は1990年代から、日本のポップ・ミュージックを支えてきたシンガーソングライターであるようだ。
2月22日に、CDシングルとしては実に19年ぶりとなる『流動体について』をリリースした。
過去に一世を風靡した彼はいったい、どんな人物であったのか。
そして沈黙の末、どのように復活を遂げたのか、この記事では掘り下げていこうと思う。

シンガーソングライター『小沢健二』

小沢健二は1989年に『フリッパーズ・ギター』のメンバーとしてメジャーデビュー。
オリジナルアルバム3枚と、幾つかの再編集盤をリリースして1991年に解散した後は、ソロでの活動を開始する。
1993年、シングル『天気読み』でデビュー。
そして、アルバム『犬は吠えるがキャラバンは進む』をリリースした。
彼は様々な音楽ジャンルを取り込んだ結果、90年代の音楽カルチャーを牽引しており、その功績は今現在でも色褪せていないという。

人間的な観点から彼を見ると、父親の仕事の関係で、幼い頃にはドイツで暮らしたことや、青年時代には東京大学に合格し、そこで学生生活を送ったという事実から取れるように、非常に知的な人物である。
しかし、その軽やかな口調から、他人に嫌味を感じさせることは無かったようだ。
強烈な存在感。そしてそれに相反するかのように、フワリとした雰囲気。
それらが中和して『小沢健二』という人物を作り上げたのではないだろうか。

『小沢健二』と共にあった『渋谷系』カルチャー

フリッパーズ・ギターの時代から、作り出す音楽性や、そのファッションを『渋谷系』と表現するカルチャーが生まれた。
本人が、それを肯定的に受け止めることは無かったが、1994年にはセカンドアルバム『LIFE』の大ヒットと共に、小沢健二の軽快かつ知的で、余裕を感じさせる立ち振る舞いや、ファッションが爆発的な人気を呼び『渋谷系の王子様』と称されるまでになったのだ。
ところが、1998年に『春にして君を想う』をリリースしてからしばらくは活動を休止。
2002年からは海外での活動を中心とし、幾つかのアルバムをリリースしたが、テレビ出演などのメディアへの露出は無く、2014年に『笑っていいとも!』へのゲスト出演が16年ぶりのテレビ出演となったそうだ。

蘇る『小沢健二』と、これから。

小沢健二の復活劇は、突然だった。
2月20日に行われた、ニュースサイト『音楽ナタリー』内の企画『公開リアルタイムチャット』で小沢本人から、リリースについての発表があると、小沢健二公式サイトはまさかのサーバーダウン。
翌日にはCDが店に並び、朝日新聞には「言葉は都市を変えてゆく」と題された一面広告が掲載された。
発売と同時にCDが売り切れる中、24日にはミュージックステーションに20年ぶりの出演を果たしている。

公式サイトで、小沢は『「流動体について」は、…録音している時に考えていたのは、みんなのことです。ツアーで、客席から、ステージから、もらった曲だと考えています。』と記していた。

今回、劇的な復活を遂げた小沢健二。
時代が流れ、かつて彼の音楽と共に成長をしたファンや、私のように『小沢健二』を知らない人々が、この復活劇を見届けた中で、シンガーソングライター小沢健二と共に、新しく生まれた曲を育て、触れ合う日々が再び始まるのではないだろうか。
そんな予感を、私は感じた。

via:小沢健二Official Site ひふみよ

via:Wikipedia

via:YAHOO! ニュース