故・村山聖は、広島県安芸郡府中町に生まれたプロの将棋指しです。

1983年にプロ棋士の養成機関である奨励会に入会すると、1986年17歳のとき、入会後わずか2年11ヶ月で四段に昇段します。

これは谷川浩司、羽生善治をしのぐスピード出世でした。
名人になる」、その一心で村山は将棋に打ち込みます。

1995年には順位戦A級に昇級し、名人の挑戦者となるための射程圏内に入ります。

名人戦は年に1回行われ、毎年A級棋士総勢10名が総当りのリーグ戦を行い、最も多くの勝ち星を挙げた棋士が名人との7番勝負への挑戦権を得ます。

しかし、1998年8月、村山はA級に在位したまま29歳の若さで亡くなります。

死因はです。

村山は幼い頃から難病のネフローゼを患い、晩年にはと闘いながら対局をこなしていました。

5歳でネフローゼを発症すると、その後入退院を繰り返し、その中で父から教わったのが将棋でした。村山は病床で詰将棋や戦術に関する将棋本を誰と対局するわけでもなく読みあさります。後に中学生となって地元の将棋道場で対局すると、いきなりアマ四段の棋力認定を受けるのです。

1983年に谷川浩司が史上最年少で名人位を獲得すると、村山は谷川に勝って名人になるという目標をいだきます。

大阪の奨励会へ入会を希望する村山に家族は反対しますが、病魔との闘いで時間のない村山は魂の叫びを発します。

谷川を倒すには、いま、いまいくしかないんじゃ。

プロとなった村山は、順位戦C級2組を破竹の勢いで勝ち進み、C級1組への昇級を果たします。そこで、羽生善治との初対局を迎えるのです。

村山は負けるのですが、対局は14時間以上におよび、終局は日付変わって午前0時48分でした。その後3時過ぎまで感想戦が行われ、誰もいなくなった対局室で村山は次のようにつぶやいたと言われます。

「何て、強いんだ」

髪をかきむしり、その両手で顔を覆い、もう一度呟いた。

「何て、強いんだ」

村山は終盤に圧倒的なほどの強さを発揮する一方、序・中盤にミスをして苦しい将棋に追い込まれることが多くありました。
そこで、序・中盤の克服に取り組むことで棋力の安定を図ると1992年、自身23歳のとき、谷川浩司との王将戦挑戦権を得ます。

結果は0対4のストレート負けでしたが、充実の棋士生活を送る村山の姿がありました。

村山がA級に昇級したのは1995年、阪神淡路大震災のあった年で、村山自身も被災しました。身近な棋士や奨励会員のなかにも震災で命を落とす人がいました。

自分は病魔に苛まれていて、いつ死んでもおかしくない自分は生き残っている

そのことにショックを受け、村山は体調を崩します。
村山は安静にしろとの医師の命令を無視して病院を脱走し、B級1組の対局をこなします。
そんな状況の中、念願のA級への昇級を果たすのです。
このころが、村山が最も輝きを放ち、充実していた時期ではないでしょうか。

しかし1996年、病状の悪化とともにB級1組への降級。1997年には膀胱がんが見つかり、膀胱の摘出手術を受けます。

一度はA級に復帰するのですが、1998年8月、村山はA級のまま29歳で亡くなります

若き日の村山が活躍していた時期は、同じく羽生善治も全盛期でした。
その羽生との対局は6勝8敗で負け越しています。
しかし、のちに羽生世代と呼ばれる同世代の他の棋士と比べても、村山の勝率は傑出していました
村山が逝去した当時の、羽生善治と同年代の棋士との対戦成績を見てみると

対村山聖:8勝6敗(勝率.571)

対森内俊之:18勝9敗(勝率.667)

対佐藤康光:27勝15敗(勝率.643)

対郷田真隆:20勝11敗(勝率.645)

対深浦康市:6勝4敗(勝率.600)

対丸山忠久:9勝1敗(勝率.900)

森内、佐藤、郷田、深浦、丸山

全員がのちの名人、あるいはタイトルホルダーばかりです。
もし村山が健康な身体を持ってこの世に生まれていたら…。どれほど強い棋士になっていただろうかと想像します。

並外れた根性で人一倍努力し、追い詰められた環境でも諦めることなく最後まで名人位を求め続けた村山聖は、ついに名人になることなく死にます。

村山が自分の人生をどのように感じていたのかは本人にしか分かりませんが、病魔に悩まされながらもその中で常に村山は最善手を選び続けた人生だったのではないだろうかと、思わずにはいられません。

 

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