鹿児島のさつま揚げ
魚のすり身を揚げた「さつま揚げ」、手軽に食べることができて、弁当のおかずにも、子どものおやつにも、お酒のおつまみにもできるさつま揚げは、県内で人気が高く、県外でも広く知られています。
今回は鹿児島では「つけあげ」と呼ばれるこの食品の、特に歴史にフォーカスを当てたいと思います。
さつま揚げの由来
全国規模で知られている鹿児島のさつま揚げ、この食べ物の由来には諸説あるようです。
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- 中国由来の沖縄から伝わった「チキアギ」
薩摩藩と交流のあった琉球には、中国福建省由来の魚のすり身を油で揚げた料理があり、これが鹿児島に伝来してさつま揚げとなったという説です。
この魚のすり身の油揚げ料理を琉球で「チキアギ」と呼び、これが鹿児島では「つけあげ」となり今もつけあげと呼ばれていると考えられています。
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- 薩摩藩主・斉彬公が考案した料理
薩摩藩主島津斉彬が考案したとも、はんぺんを鹿児島の気候に合う保存性の高い食品として薩摩藩の特産にするよう改良を命じたという説もあります。
鹿児島のつけあげはやがて江戸まで伝わり、「薩摩のつけあげ」が変化して「さつま揚げ」と呼ばれるようになりました。
さつま揚げの歴史
鹿児島でさつま揚げを提供する専門店は昭和、古くは明治・大正の頃に創業またはさつま揚げの製造に着手したお店があります。
鹿児島では手軽な食べ物として親しまれていたさつま揚げですが、平成に入ると、大手スーパーやコンビニが増えるなか、専門店で買う人は減っていきました。そこでさつま揚げを贈答用の高級品として、全国のデパートで販売していく老舗が現われました。
現在ではさつま揚げは日々の食べ物としての他に、鹿児島からのお土産・お中元・お歳暮等の贈答用としても幅広く利用されています。
鹿児島のつけあげ発祥の地、いちき串木野
いちき串木野は鹿児島のさつま揚げの発祥の地と言われ、同地には沢山の蒲鉾・さつま揚げの店があります。
東シナ海に面したいちき串木野は昔から漁業が盛んで、家庭でかまぼこを作って食べる習慣がありました。それが薩摩藩の時代に中国や琉球との貿易を通じて流入した揚げ物文化と結びついたと考えられています。
さつまあげってかなりヘルシーな食べ物かもしれない。子供の頃、串木野のおばあちゃんの向かいの家がかまぼこ工場だったせいで食べ飽きてたけど、関東でたまに食べると美味しい
— SCHILL (スチル■遠山のPow) (@pow_japan) July 6, 2024
いちき串木野市のさつま揚げは他の地域に比べて甘いと言われています。その理由は、砂糖が貴重だった時代の名残や、豆腐をすり身に混ぜて作る独自の製法、そして地酒(灰持酒)の甘味によるものです。
串木野のさつま揚げは昔から甘口の味付けが好まれ、砂糖や鹿児島特有の地酒(灰持酒)がたっぷり使われています。
砂糖が非常に高価だった時代に、お祝い事や贅沢品として甘い味付けが定着した名残といわれています。
現地ではおやつや酒のつまみ、おかずとして親しまれており、高浜蒲鉾や勘場蒲鉾店などの老舗が有名です。
他に大きな特徴としてすり身に豆腐を混ぜることがあり、これにより伊達巻きのようなしっかりとした甘みと、ふわふわした軽い食感が生まれます。
世界の中のさつま揚げ
さつま揚げを取り扱う鹿児島の老舗が、海外への進出を進め、アメリカ合衆国、インドネシアなどで売り上げています。
このような日本の食品メーカーによる輸出や現地生産の他に、アジア・日系スーパーで購入できたり、ローカルの日本人・日系人が作っているさつま揚げがあります。
さつま揚げは英語では「Fish cake」や「Fried fish cake」、もしくはそのまま「Satsuma age」と呼ばれているようです。
参考ページ
- 魚肉練り製品 さつまあげの発祥は薩摩藩じゃなかった?|【公式】まごころケア食
- さつま揚げの歴史を巡る旅
- 🐷さつま揚げについて🏝 【公式】麹蔵 有楽町
- さつまあげ・かまぼこ発祥の地 [現存せず] – 発祥の地コレクション
- 月揚庵のさつまあげ -G-Callショッピング-
- さつまあげ発祥の地 鹿児島・いちき串木野 – 日本経済新聞
- テレ朝POST » 斎藤ちはるアナが、カメラにおさめる!薩摩藩の家紋が入った「島津揚げ」づくり
- 有村屋 インドネシアでさつま揚げ 再挑戦 現地生産に手応え – 日本経済新聞
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