2014年12月、新設されたプロ編入試験制度で見事プロ棋士となった今泉健司四段の半生を綴った著書、『介護士からプロ棋士へ』。
ここには、将棋のプロになることがどれほど大変なことか、その激動の半生が記録されている。

画像引用:公益社団法人 日本将棋連盟

「プロに合格した翌日に執筆のお話を頂きました。僕は本になるような聖人君子じゃないので、ありのままを書くことに葛藤もありました。でも今は、手に取った方が『面白い奴おんねんな』と思って下さったら嬉しいですね」

将棋界には「奨励会」というプロ棋士養成機関があり、所定の成績を残すと昇段できる。

三段になるとリーグ戦に参加し、そこで2位以内となるか、次点である3位の成績を2回残すと四段に昇段しプロ棋士となることができる。

年齢制限もあり、規定の年齢までにプロになれなければ退会を余儀なくされる、極めて厳しい世界だ。

今泉さんは奨励会員時代に次点の成績を2回残しているが、当時まだ次点2回によるフリークラスへの四段昇段の規定は無く、プロ入りを果たせなかった。
その後年齢制限により26歳で退会している。

あと一歩のところまでプロに近づきながら退会したものの、その後はアマチュアの強豪として活躍し、特例で奨励会へ復帰する。

しかし、このチャンスも活かすことができず、今泉さんは2度目の退会となる。

「プロになる前は、当時の話は嫌な記憶をほじくられるような感じで、話したくなかったんです。後悔はもちろんあって、他の人が将棋の研究をしている時に、麻雀やパチスロにうつつを抜かすような生活で、将棋に負ければ悪態をついていた。とにかく甘かった。26歳の自分に『15年後、プロになってこんな本を出すことになる』と言ったら絶対殴られます(笑)」

そんな今泉さんを変えたのが、36歳で出会った介護という天職だ。

「もともと人と接するのが好きでしたし、何より介護の仕事で歳上の方々と毎日接する中で『ありがとう』と言うことが増えたんです。皆が笑顔になれる魔法の言葉だと思いますね。そこから将棋も変わりました。何より気持ちの浮き沈みがなくなったんです。メンタルゲームと呼ばれる将棋において、僕に一番足りなかったのがその部分でしたから、ほつれながらも、人生の全てが繋がって線になった気がするんです」

今泉さんは将棋を諦めることなく、その後もアマ棋戦でタイトルを獲得するなどして活躍。新設されたプロ編入試験に41歳で合格し、3度目の挑戦でプロ棋士となった。

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画像引用:ねとらぼ

「この本を書けたのも一つのゴールかもしれませんが、ここからがスタート。羽生先生でも3割は負ける世界ですから、僕も山ほど負けるでしょう。良いことも悪いこともある『一局の人生』です。プレッシャーもありますが、これからも見ている人が『面白い』と思えるような将棋を指していきたいですね」

今泉さんはフリークラス編入後さらに勝ち星を重ね、順位戦C級2組へ昇級している。

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画像引用:ねとらぼ

編入試験となる新鋭若手四段棋士との五番勝負はニコニコ動画で生中継された。
対戦相手の石井健太郎四段が投了の意思を告げ、今泉さんがプロとなる瞬間を多くの方が目にしたかもしれない。

 

『介護士からプロ棋士へ 大器じゃないけど、晩成しました』 (今泉健司 著) | 著者は語る – 週刊文春WEB 昨年12月、新設されたプロ編入試験制度で見事、41歳にして将棋のプロ棋士(四段)となった今泉健司さん。その激動の半生を綴ったのが『介護士からプロ棋士へ』だ。  「プロに合格した翌日に執筆…shukan.bunshun.jp

via:週間文春WEB

三度目の正直で41歳の将棋プロ棋士が誕生 アマチュア強豪・今泉健司さんがプロ編入試験に合格 – ねとらぼ「自分の可能性にふたをしない限り、年齢は関係ない」。nlab.itmedia.co.jp

via:ねとらぼ

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