なぜ、屋上遊園地は消えていったのか
みなさんは子供の頃にデパートの屋上にある遊園地に行ったことはありますか?
昭和や平成となる当時のショッピングモールの屋上には、車や動物などの乗り物やメリーゴーランド、コインゲームなどがおいてあり、大勢の子ども連れでにぎわっていました。
しかし、今では屋上遊園地をほとんど見かけることが無くなっています。ではなぜ、屋上遊園地は衰退していったでしょうか?
今回は、時代の変遷から見えるデパートの屋上遊園地の衰退。その理由について書いていこうと思います。
屋上遊園地とは?
屋上遊園地とは、ショッピングモールとなる複合施設の屋上にメリーゴーランドや小さな乗り物、メダルゲーム、ヒーローショーなど、子どもたちの遊び場を配置させたミニ遊園地です。当時は子ども連れの家族など、かなりの人がデパートの屋上に詰め込んでいました。
平成後期や令和生まれとなるZ世代の方々は「屋上遊園地って何?」と知る方々は少ないと思われますが、もし当時の屋上遊園地にタイムスリップすることができたとしたら、「すごい大勢のお客さんだ!今日は何か祭りでも開催されるのだろうか?」とビックリするでしょう。
そのくらい大勢のお客さんでにぎわっていた場所なのです。
屋上遊園地が消えていった理由その1:少子高齢化
屋上遊園地が衰退する理由のひとつとして、少子高齢化の原因があります。
1970年代から子供の出生率の減少が進んでいき、その10年後には戦後と同等となる少子高齢化となってしまいました。その子ども人口減少により家族連れの客が減っていき、経営側の赤字となる店舗が続出して遊戯場廃止へと追い込まれたのでした。
子どもたちの人口激減による遊戯場の撤去は仕方ないと思われますが、それでも思い出のある屋上遊園地は庶民のために残してほしいものですよね。
その2:遊戯場の維持費
第二の理由として、店舗側の維持費の問題があげられます。
数年もの時が経つ遊戯機の各部品の老朽化による各部品の取り換えや新たな遊技機の買い替え、遊戯場での各スタッフの配置・電気代・エアコン代など多額の維持費がかかります。
この高額となる維持費の出費と、客の来場収縮からのわずかな収入との採算不一致となる赤字原因を余儀なく切り捨ていったため、屋上遊園地の廃止が進んだのです。
その3:消防法による避難場所
1970年代高度成長期ごろの多くのビル建造による火災増加の原因です。
1972年に発生した大阪『千日デパート火災』。千日デパート閉店後の深夜に発生し、電気工事が行われていた3階から出火。7階のキャバレーにも煙が流失し、死者118人負傷者81人と多くの死傷者を出しました。
そして火災の悲劇は翌年にも発生。1973年に発生した熊本『大洋デパート火災』。なんと、デパート開店中に起きた火災でした。多くの家族連れで賑わっていたであろう日の火災。死者104人負傷者67人と多くの死傷者が出ました。
相次ぐデパート火災で、消防法改善が見直され、屋上の半分を避難場所にするよう義務づけることとなります。
この改善された消防法により、屋上にある観覧車やメリーゴーランドなどの大型遊具の設置が難しく、屋上遊園地をやむなく屋内に移動させたり無くしたりする店舗が増えていったのでした。
ビル火災から人民を守るための対策はとても良いと私は思いますが、屋上遊園地が無くなっていくと何だか寂しい気持ちがします。
そして、1982年に宿泊客の寝タバコの不始末で起きた『ホテルニュージャパン火災』。宿泊客の寝タバコの不始末で火災が発生。死者33人負傷者34人と多くの負傷者が出ました。
千日デパート火災、大洋デパート火災、ホテルニュージャパン火災。この3つの大規模火災には共通している原因があります。
お店側、ホテル側の防火体制がずさんだったこと。
そのため、人的被害が拡大したと言われています。ホテルニュージャパンに関しては、宿泊客の命より自分優先な社長の思考に憤りを感じてしまうでしょう。
その他
その他の理由として、リーマンショックなどによる世界恐慌からの家計の苦しさ、遊具の危険性、テレビゲームの普及による屋内への子どもたちの遊び場の移り変わりなどがあります。
お出かけを喜ぶ外交型の昭和時代の子どもに対し、現代となるテレビゲームやカードバトルなど屋内への遊び場の移り変わりも原因の1つです。そういった面でも、屋上遊園地の衰退はしょうがないと私は思います。
このような様々な理由により、令和となる現代では屋上遊園地をほとんど見かけなくなったのです。
あとがき
少子高齢化、維持費、避難場所の設置などいろんな理由から屋上遊園地が消えつつあるのはとても残念に思います。
アミューズメントパークにしても、鹿児島のジャングルパーク、福岡のスペースワールド、東京の花やしきなど一般的な遊園地も同じく減少していく姿はニュースで何回もありました。それを観るたび寂しさが込み上がってきたり子どもたちの夢や感動が消えていくような気がしたりと、心が痛みます。
私が子供の頃の屋外遊園地には、トロッコ電車、車や動物の乗り物、コインゲーム、射的、ビデオゲーム、風船などの小さな売店などワクワクするいろんな遊戯機が沢山あったり、大勢の子ども連れの家族で賑わっていたりと、屋上遊園地全体が輝いていました。
現在では、小さなスペースの屋内へ移動させられていたり、乗り物やビデオゲームが減っていたり、その分メダルゲームやUFOキャッチャーがかなり増えていたりと、まるで大人向け用の遊戯場のように思えます。
子供時代の思い出の場が無くなっていくのはとても残念に思いますが、遊び場を失った子どもたちや過去の思い出を持つ大人たちのために、屋上遊園地が残されることを願います。

