真夜中の攻防
エッセイ
コテージは2つ用意されていた。一棟が男性用でもう一棟が女の子用。私はその日、キャンプで女の子たちと一泊するという、神がかり的な幸運に恵まれていた。4対4。響きがよい。
夕暮れ時に一人で川の散策を終えた私は、男部屋に戻って異変に気づいた。敷いていたはずの布団がない。男の分の布団4枚が全部なくなっている。
「移動したぜ」と突然後ろから声がする。男が一人、勝ち誇った声でもう一度言う。「俺たちの布団、女の子の部屋に移動させておいたぜ!」
私は男の方を振り返らずにこう言った。「愛してるぜ」
女の子の部屋に行くと、布団が床一面に8枚敷いてある。ちょうど部屋の大きさと同じらしく、座る場所が布団の上しかない。
聞けば女の子たち、まぁ全然いいよね、という。ということは……とはあえて言うまい。もう子供ではないのだから。
お酒も入り、布団の上でトランプゲームをした後、「そろそろ寝ようか」となった。男が電気を消す。おみだらが、おみだらがはじまってしまうのか?
枕が変わっただけで眠れない過敏体質の私はもう眠れるはずもない。だって翌日に目が覚めたら「実は昨日の夜みんなが寝た後にさ」と男がはにかんで言うシチュエーションを何かで読んだことがあるもの。
しばらくの間、男たちは動かなかった。予定調和だ。“こっそり感”が大事と聞く。彼らはそれに準じているのだろう。
10分ほどたっただろうか、ある男がごそごそし始める。おみだらが始まってしまう。私は気が気じゃない。
その男は「いったん部屋を出て、女の子が夜風に当たりに来るのを待つ」という作戦をとったようだ。部屋に戻り、時間が経ってからまた外に出るを繰り返す。一度に20分くらい出ているからトイレというオチもない。その男はタバコも吸わない。
――私は自分の荒い鼻息で気が付かなかったが、いつの間にか周りから寝息が聞こえ始めていた。一つ、二つ、三つ、四つ、五つ……。気が付くと、ずっと粘っていたあの男も寝てしまっている。ついに寝息が七つになる。私以外の全員だ。
いや、本当は最初から分かっていたのかもしれない。あの男は普通におなかを壊しているだけだ、と。でもさ、おみだら期待しちゃうじゃない。人生を満喫している方々は、この程度のシチュエーションでは心乱されないのだ。みんなすやすや眠っている。
私はほとんど一睡もできず、明け方の5時すぎに部屋を出る。期待する奴がバカなのだ。
少し離れたところにあるノッキングチェアに座り小説『2.43』を読む。朝の読書はとても気持ちがいい。これはこれで悪くないかもしれない。いや、僕にはこれで十分だ。
「くまさん(私の名前)早いね、もう起きてたの?」
ふいに、後ろから女の子の声がした。すっかり忘れていた。「朝早くに起きた二人がこっそりキスをする」というイベントがまだ残されているではないか。朝日が川面に反射し、アユの鱗のようなきめ細やかな輝きを放つ。よいぞ、ロマンチックだ。
とびきりの笑顔で振り返ると、「俺、昨日は腹痛くて大変だったわ」とあの男が笑っていた。女の子と2人で並んでいる。
私は「寝付くのが早すぎたから目が覚めちゃってね」と嘘をつく。朝っぱらに2人で何をしてたのか、などと野暮なことは聞くまい。というか聞きたくもないそんなこと。
読んでいた『2.43』のページに視線を戻すと――たいていの人間は目の前で本当のことなんて言われたくないのだ――と書いてあった。その通りだ、と私は思った。
本の内容
『2.43』はバレーに打ち込む男子高校生を描いたとても素晴らしい青春小説だ。おみだらを期待するような男は、もちろん一切出てこない。
このエッセイでタイトルを出した本
『2.43 清陰高校男子バレー部』壁井ユカコ/著