喫茶店の攻防
エッセイ
2019年。某スターズカフェ。私は友人と真剣に語り合っていた。
当初は八木重吉の詩集『雨があがるようにしずかに死んでゆこう』の素晴らしさについて話していたはずなのだが、いつの間にか、「どうして僕たちはモテないのか」に話がすり替わっていた。すり替えたのは私だ。
これほど不毛なやりとりがあるだろうか。賭けてもいい。モテる方法をスターズカフェで話し合う人間に未来はない。しかし私にはどうしてもこの話をしたい理由があった。クリスマスが近かったのだ。
私たちは各々が持つ最大限のアピールをした。小難しい本をテーブルに置いたり、抹茶ティーラテのノンファットソイのショートをショット追加で頼んでみたり(これは当時、スターズカフェでモテるメニューランキング1位として有名だった)。
だが、というべきか、当然何も起こらない。わかっていた。結局、行動しなければ何も起こらないのだ。
店内を見渡す。私の隣に1人で勉強をしている男、その隣にこれまた1人で読書をしている女の子がいる。あとは全てカップル、もしくはもうすぐカップルになる予定の2人組だ。
ふーっと、ため息をつき終える間際、私は息を止めた。
横の男が、「何を読んでいるんですか?」と読書中の女の子に声をかけたのだ。
読書男子である私は戦慄した。それは絶対にやっちゃあいけないんだよ、と。確かに他の人が読んでいる本が気になるときはある。そして(実際はしないけれど)好きな本を読んでいたら他意なく話しかけたくなる気持ち自体はわかる。
でもそれは駄目なんだよ。読書中の知らない女の子に話しかけちゃダメなんだよ。例えるならそれは、映画のラストシーンで急にチャンネルを変えられるくらい相手を苛立たせる行為なんだよ。
でもまてよ。と思う。さんざ頭の中でまくしたてたが、少なくても奴は「行動」している。それに今日はクリスマス。ある統計によると、クリスマスに告白された女性がOKする確率は7割にのぼるらしい。いいよ。いけるよ。
私も友人も女の子を見る。私たちの周りだけ空気がピンと張る。
女の子はその可愛らしい口を開き、「本です」と正面を向いたまま答えた。それは僕でもわかる。男はなおも食い下がり「面白いですか?」と聞く。「はい」とまるで抑揚のない平坦な声が返ってくる。
言ってあげたい。「その本は『図書館戦争』ですよ」と男に言ってあげたい。「特徴的なつくりのページが今見えているでしょう? 読書していたら大抵気づきますよ」と言ってあげたい。だが言ったところで、奴がその内容を知らないのは明白だ。
男は「そうですかー、面白いですか」と誰に言うのでもなくつぶやき、目の前のテキストに視線を戻した。奴はもう勉強には集中できないだろう。
私と友人の淡い希望とともに、男の恋は雨があがるようにしずかに死んでいった。
本の内容
――大変にふざけた本の紹介ではあるが、八木重吉さんの詩集はとにかく簡潔で読みやすい(2行の詩もある)。詩というより「つぶやき」に近い。それも誰にも言えなかった気持ちの吐露のようなつぶやきだ。29歳で夭折した詩人は、死後100年経ってなお、みなに愛され続けているといいな。
このエッセイで紹介した本
『雨があがるようにしずかに死んでゆこう』八木重吉/著
『図書館戦争』有川浩/著
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