『本日は大安なり』辻村深月/著
エッセイ
○○歳までにお互い独身だったら結婚しよう、というクラシックなセリフがある。
私も今まで何人かの女の子にそのセリフを言われた。ただ、(私の周りの女の子だけかもしれないが)そう言ってきた子は約束の歳になる前に必ず結婚してしまう。
悔しい。私は未だに独り身だというのに。いい大人になった今こそ、この言葉を発するべきではないのか。
意を決した私は人生で初めて、仲の良い女の子にそのセリフを言うことにした。
その日はその仲の良い女の子との食事だった。待ち合わせの場所に向かう途中ずっと「○○歳になっても一人だったら結婚しよう、○○歳になっても一人だったら結婚しよう」という言葉を呪文のように唱えた。
約束の5分前に目的地に到着した私は、「結婚」という言葉を頭の中でつぶやき続けた。そして女の子の登場である。あのセリフを言うタイミングがきたのだ。
ランチをするためにカフェの席に座った瞬間、私がそのセリフを言う前に女の子が口を開いた。
「聞いてほしい話があるんだけど、最近付き合ってもいない男の人から急に『結婚しよう』って言われたのよね。それも突然。一人で何を盛り上がっているかはわからないけど、ちょっと怖くない?」
……。
「……うん、怖いね、それは本当に怖いね」
と返し、頭の中で「色んな意味でね」とカッコを付け加えた。
その男は確かに怖いけれど、あなたの目の前にいる男も相当怖いよ。そしてタイミングが良すぎるだろう。
――女の子の勘は時々おそろしいほど冴えわたる。
たぶん女の子は、待ち合わせ場所で私を見たときに、「こいつ、なんかあるな」と思ったのだ。あるいは「こいつ、あたしと結婚するつもりでいるな」と思ったのかもしれない。でないと、このタイミングで結婚の話が出るわけがない。
女の子の話は辻村深月の小説『本日は大安なり』に移る。確かにその子は辻村さんが好きだが、このタイミングで結婚式の短編集の話になるとは。結婚の話はもうするまい。
スマホを見て、本日が仏滅だと知る。私は、そんなオチはいらないんだけどなと思いながら、彼女とその素晴らしき小説について話す。
数年後
それから数年たった。その女の子も私も独身のままだ。
近頃その女の子から「お互いこのまま独身だったらいつかルームシェアかマンションの隣の部屋に住もう」と都度都度言われている。
結婚ではなくルームシェア。年齢とともに随分現実的な提案になってきた。みなに幸あれ。
このエッセイで紹介した本
『本日は大安なり』辻村深月/著。2012年にドラマ化。辻村さんの本は人に知られたくない読み手自身の嫌な部分、デリケートな部分を暴かれる類の本が多々あるのですが、今作はそうではなく、割と気負わずに読めます。
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