『逃亡くそたわけ』絲山秋子/著
エッセイ
数人の男女が私のアパートに遊びに来た時のこと。
ひとしきり雑談した後トイレに入ろうとドアを開けたら便座が上がっていた。やっぱりな、と思った。実は私が入る前に別の男がトイレに行っていたのだ。
今日は私を含めて男2、女の子2人だったので便座を上げたのは先に入ったあいつだろう。
次に入ったのが私じゃなく女の子だったらどうしてくれていたのだ。女の子はこの便座を上げた奴がおまえか私かまでは考えてくれないんだぞ。
と、思った以上に確信したことがある。
“トイレの便座を上げている男にはすべからず彼女がいる”。
本当に?と疑ったあなた、ちょっとだけ待ってほしい。そりゃあ昨今誰かと付き合う
と「便座を常におろしておく」方に変化する男がほとんどだ。
だだ、なんと言えばいいか、私の経験上、トイレの便座を上げっぱなしにしてしまえる度量を持った男には恋人がいるのだ。
それと、おなかが出ている男は結婚している。これも(少なくても私の周りでは)100パーセントだ。まぁ皆30歳を過ぎたというのもあるだろうけど。
結婚して安心したからおなかが出たのか、おなかが出ても気にしないから結婚できたのか。それはこのさい問題ではない。
問題は、常に便座を下げ、五体を鍛えている(おなかが出ていない)男は結婚できていないという事実だ。
うまくいかないときは逆のことをすればいい、というのはセオリーだ。
なら私は便座を上げ、おなかを出せばいいのか? それはきっと違う。“度量”の話なのだ。
ワイルド野郎の資質か、マイルド野郎の資質かの差なのだ。
彼らが帰ったあと、私は仲のいい女の子に電話し一連の話をまくし立てた。
女の子は、「私はくまさんみたいに便座を下げて、おなかが出てない人の方が絶対いいけどな。女子は大半そうだと思うよ」と言った。
オーケー、サンキュー、ありがとう女の子。君は優しいし、心からそう思ってくれているのがわかるよ。ありがとう。本当に。
でも、一つだけ言わせておくれ。
君のだんな、便座上げてるしおなか出てるじゃないか。
本の内容
『逃亡くそたわけ』は精神病棟から逃げ出した「私」と「なごやん」のロードムービー的小説だ。福岡から鹿児島まで逃げ出す話で実際の地名も出てくるので、九州に住んでいる人はより身近に楽しめると思う。
「なごやん」という男の人は(そんな描写はないけれど)絶対に便座は上げないだろうし、おそらくおなかも出ていない。ただ、案の定というべきか、やはり彼も結婚していないのだった。
このエッセイで紹介した本
『逃亡くそたわけ』絲山秋子/著
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