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2024/12/10:フリーペーパーvol.105発刊!

閉鎖病棟体験記

 隔離された不思議な世界

まともでないことが病院内での正常

精神科の閉鎖病棟に任意入院したことがあった。任意とはいっても、望んで入ったというよりは、うつで判断力が著しく低下していたので何も考えずに気がついたらそこにいたという感覚だった。

そこには色々な人たちがいた。13年前に宇宙の真理に傷をつけてしまったかもしれないと不安がっているお兄さん。不眠症と嘆きながら夜中にひたすらいびきをかいているおじさん。セクハラをしてくるおばあさん。

TVで台風情報が流れてきたら「あの台風の進路は私が決めているんだ」と話しかけてくる女の子に、病院内のすべての人に告白する男の子。高齢の一人暮らしでうつっぽくなってしまい入院したものの、周りの患者のあまりの特殊さに戸惑っている女性。

多種多様な人間が一つの病棟に入っていた。

驚いたのは、患者同士にヒエラルキーがあったことだ。〇〇の病気の人は上位、✕✕の病気の人は下位となんとなく(患者間で)決まっていたようで、誰もが自分より弱い存在を見つけることで安心感を得ようとしていた。それはいわゆる外の世界と何ら変わらなかった。

スタッフの対応も、優等生的な患者と、問題行動ばかりの患者では、丁寧さが全然違った。今思えば、スタッフもひとりの人間なので手のかからない患者にはやさしくしたり融通をきかせても、問題行動ばかりの患者にはどうしても負の感情が混ざってしまうのは当然のことだと思う。

けれど、当時の私にとっては、閉鎖病棟に勤めるスタッフは(内心はどうあれ)プロとしてすべての患者に敬意を持って接するものだとばかり思っていた。サービスを提供するスタッフと、いわばお客である患者の関係もまた、いわゆる外の世界と大差なかった。

狭い病棟内で生き延びるには、外の世界と同じで要領よく過ごすスキルが必要だった。要領よく立ち回ること自体はできた。でもそれに消耗してしまって入院した身としては、神経をすり減らしながら要領よく生活するのを病院内では辞めにしたかった。

私は自分でそうしようと思い、ほとんどすべての患者と(本人が望んでいないとき以外は)フラットに接した。だから入院してしばらくすると、上位グループと下位グループ、そして一人で過ごしている人のそれぞれから「あなたはどのグループに属するつもりなの」「誰を味方にして誰を敵にするの?」と聞かれた。

私は「僕はどこのグループにも属さないし、敵対もしない。好きな時に好きな相手と話します」と伝えた。意外なことに、それからも僕の立場に全く変化はなかった。味方がいないと不安で強がる人たちは思わぬ反撃に弱い。それも外の世界と同じだった。

外の世界と病院内では、ベクトルは違えど、大変さはあまり変わらなかった。

入院してよかったこと

2つだけ、病院ならではの良かったことがあった。

ひとつは規則正しい生活。入院する前は医者から「この薬は食欲がかなり増すので体重が増え過ぎたら教えてください。皆体重が増えすぎて困るみたいです」と言われた薬を長いこと飲んでいたのに体重が減っていた。だが病院で朝昼晩と栄養の取れた食事をし、(眠れるかはともかく)毎日同じ時間に電気が消え就寝することで私の体は少しずつ回復していった。体重も増えた。体の回復に伴って思考もクリアになっていった。

もうひとつは、「患者全員がまともではないこと」だ。13年前に宇宙の真理に傷をつけてしまった人が病院を脱走しても、痛々しい痣のある人がいても、泣き叫んでいる人がいても、皆必要以上に干渉しなかった。まともな状態ではないことが、病院内で唯一共通していることだった。病院内はまともではないことが正常だった。

それはとても居心地がよかった。別に突拍子もないことをしたいとは思わなかったけれど、仮に何かをしたとしても日常として受け止められる安心感は大きかった。

私は比較的軽い状態で入院したので、退院も2ヶ月と早かった。

ーー病院内には「病気」という連帯感があって、心を開き合い深い友達になった人たちもいた。退院後も関係が続けばよかったのだが、入退院を繰り返したり、音信不通になったりで、一人また一人と消息がわからなくなり、今はもう連絡をとっている人はいない。

けれど、形はどうあれ共にタフでハードな世界を生き延びていると信じているし、その人達の幸せを願っている。

そしてこの、たかだか二月入院しただけの体験は、体調が悪くて苦しんでいる人にとっては結構軽い話なのだと思う。もし波乱万丈人生トーナメントがあったら初戦敗退か、せいぜい2回戦負けだろう。人の不幸具合にもヒエラルキーがあるのだ。

何もかもを他人のせいにする人は別として、それぞれがそれぞれの持っている能力の範囲内でできることを工夫し続けていれば、ヒエラルキーにしがみつく人はちょっとずつ減っていくのではないか。今そういうふうに思っている。少しでもマシな自分であろうと日々生きている。

このエッセイの着想を得た本

『クワイエットルームにようこそ』松尾スズキ/著
自殺目的のオーバードーズと勘違いされて、気がつくと閉鎖病棟へ緊急搬送されていた主人公が、閉鎖病棟で奇妙な数週間を過ごすという話。

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