『とべバッタ』田島 征三/さく
世渡り上手は空を飛ばない
こんな話がある。
くさむらに、一匹のバッタがいた。まわりにはカマキリや蜘蛛、カエルなどの天敵が沢山いて、バッタは食べられないようにいつも草むらに隠れてこそこそ暮らしていた。でもある日、そんな自分がいやになった。
バッタは大きな岩の上によじ登り、大胆にも日向ぼっこをした。そんなことをすると、天敵たちに食べられてしまうのはわかっていた。でもそうした。
めざといカマキリが襲ってきた。バッタは踏ん張り、生まれて初めて、その強靭な後ろ足でめいいっぱいジャンプした。バッタはカマキリを蹴飛ばし、蜘蛛を蹴散らし、天高く飛び跳ねた。爽快だった。
しかし、だんだん、落下していく。そのときバッタは気づいた。「どうやら自分の背中には羽が生えているらしい」。
ぎこちなく羽をバタつかせてみる。とんぼや蝶々は笑った。なんて変な飛びかたなのかしら、と笑った。でも、バッタはまったく気にならなかった。生まれて初めて、自分の力で飛べたのだから。
飛び出したら食べられることもあるけれど
僕はこの絵本を読んでいたく感動した。ちょうどその頃、狭い職場内でとても苦しい立場にあり、バッタのような心境だったのだ。僕はこそこそと過ごしていたし、なにより、必要以上に感じていた恐怖心や勇気のなさが色々な場面で邪魔をしていた。バッタのようになりたいと思った。
田島征三の『とべバッタ』はとても力強いタッチの絵本かつ、人を奮い立たせてくれる本だ。僕は絵本を1000冊くらい読んでいて、その中でもおすすめなのでお子さんに読んであげてほしい、と思うが、こうも思う。
ーー絵本が子どものものって誰が決めたのだろうーー
つまるところ、この本が真に響くのは、大人になってからのような気がする。
職場内で人並みに色々なことがあって、僕は一時期、本当にバッタのような境遇に陥ってしまった。一歩踏み出すのが恐ろしかった。天敵に食べられるのが怖かった。
それに職場に限らず、この世の中をそれなりにうまく乗りこなしながら生きるには、イジメられている人を見かけても、不条理にさらされている人を見かけても、適度になかったことにし、草むらでこそこそ暮らす方が上手くいくことを、大人なら知っている。
でも、本当にそれでいいのだろうか。
2年後、僕はこの絵本を胸に、草むらから飛び出しボコボコにされた。
後悔は全くない。
このエッセイで紹介した絵本
『とべバッタ』田島 征三/さく