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2024/12/10:フリーペーパーvol.105発刊!

テレビを見て唯一涙を流した話 前編

何故『スクール☆ウォーズ』を見て泣いたのか?

テレビドラマ等を見て悲しかったり、感動したりすると涙を流すのはよくある話だが、私はほとんど泣いたことがなかった。しかし、一度だけ涙を流したことがある。それは『スクール☆ウォーズ』の最終回。

今思えば、何故泣いたのか本当に不思議である。普段ドラマを見ない私が、たまたま初回から見ていた。その頃はいつも夜8時には布団に入っていたが、『スクール☆ウォーズ』を見たいがために、9時まで起きる習慣がついたので、特別に思い入れがあったのかもしれない。

『スクール☆ウォーズ』概説

スクール☆ウォーズ』は、全くの無名校だったラグビー部を、数年で日本一にした教師と生徒の軌跡を描いた大映テレビ系の学園ドラマである(1984年10月〜85年4月までの半年間26回、毎週土曜TBSテレビで夜9時から一時間放送された)。

出演者は、主役の教師:滝沢賢治役に山下真司、共演者に岡田奈々・伊藤かずえ・松村雄基・鶴見辰吾・岩崎良美のほか、若かりし坂上二郎・名古屋章・下川辰平・梅宮辰夫・和田アキ子・小沢仁志といった、大御所と呼ばれる俳優達が脇を固める、今では考えられない豪華なラインナップだった。

『スクール☆ウォーズ』は、京都にある伏見工業高校(現京都奏和高等学校)ラグビー部の生徒と、監督であり元日本代表の名フランカーだった山口良治をモデルに執筆されたノンフィクション『落ちこぼれ軍団の軌跡』を元に作られたフィクションドラマである。舞台は、神奈川県川浜市(川崎と横浜から一文字ずつ取っている)という架空の地域となっている。

水原亮(小沢仁志)編

人により見解は様々だが、自分は、3つのストーリーに分かれると思う。(前半:1話〜6話)番長:水原亮(小沢仁志)編、(中盤:7話〜21話)大木大助(松村雄基)編、(後半:22話〜最終回)平山誠(四方堂亘)日本一編。

番長:水原亮(小沢仁志)編の見所は、水原の御礼参り。卒業直前に滝沢と決闘をして、卒業式後に職員室に行き、滝沢に御礼参りの品を置いていくシーン。そこまでの流れをふまえてこのシーンを見るとなかなか感動する。

少年院を出所して、川浜高校に戻ってきた初登場シーンは、あまりにインパクトが強すぎた。個人的には、卒業式のシーンよりこちらの方が記憶に残っている。一度も見た事がない人が、このドラマを見る機会があればこのシーンは必見。見た人は多分「なんじゃこりゃ」という反応になると思う。

大木大助(松村雄基)編

中盤のキーパーソンは大木大助(松村雄基)であり、簡単に言えば、大木が入学してから卒業までのストーリーと思えばいい。見どころは、大木大助初登場シーン。

大木は入学早々、新番長に呼び出される。「風はひとりで吹いている~ 月もひとりで照っている~ 俺はひとりで流れ者~」と『東京流れ者』を歌いながら、制服を脱いで殴りかかるシーンであるが、鉄パイプを持った新番長相手に、瞬殺で病院送りにした。

彼が歌っていた『東京流れ者』は、渡哲也が歌い(諸説あり)、この歌詞はどうやら三番らしいことを最近知った。この歌を歌ったのは、入学式で番長と対峙した時、東都体育大学4軍との練習試合に行く途中のバスの中、県大会予選の試合直前 の計3回である。

「悔しいです‼」相模一高との公式戦後のロッカールームのシーン

滝沢がラグビー部の監督になり、初の公式戦となった相模一高との試合で108-0という屈辱的大敗をするが、試合後に全くユニホームを汚さずヘラヘラしながらベンチに帰ってきた部員たちに腹が立った滝沢は檄を飛ばす。本当は悔しくてたまらなかった部員たちも、滝沢が涙を流しながらの檄に部員一同が号泣しながら応えていくというシーン。

見た目は試合に負けた選手に監督がただ怒ってるという面白みのないシーンかもしれないが、プレーをした部員以上にくやしさをみせ、怒りをあらわにした山下真司の迫力のある演技とそれに応えた部員役を演じた俳優たちのシーンに、自分を含めて多くの視聴者が感動したと思うが、今ではコンプライアンスに引っ掛かってテレビでは絶対に見られないのが非常に残念。

実はこのシーンには裏話があり、滝沢の檄に部員が応えるシーンの前にお昼休憩になり、山下真司は休憩を入れず撮影をしたかったが、お腹ペコペコの部員達は食事に行ってしまいお昼を食べたかった本人は、フラストレーションをためたまま午後の撮影をすることになる。もし部員達が中途半端な演技をしたらぶん殴るつもりだったが本人の想像を超える素晴らしい演技をした部員達に感動して気持ちが入り過ぎたため、ドラマで見たシーンに繋がったとのこと。


このシーンは、現実に伏見工業が花園高校に112-0で負けた後、監督だった山口良治氏が全く悔しさを見せない部員に対して檄を飛ばした場面をモデルにしている。ドラマではロッカールームでの場面になっているが、実際は試合直後の観客がいるスタンドで檄を飛ばし部員を殴り、更にその後部員全員からタックルを受けたらしい、と山下真司さんが『スクール☆ウォーズ』裏話の動画の中で話していた。

その後、校内一の不良集団だった部員が目覚め、山口監督の熱血指導に一丸で取り組んだ結果、伏見工業は翌年花園高校に18-12で勝ちリベンジを果たす。

イソップが亡くなるシーン

イソップは、ひ弱で運動能力が低い補欠部員だったが、下準備やボール磨きに懸命に取り組む姿が滝沢に認められ、部内でも屈指の人気者になる。脳腫瘍の為に相模一高との練習試合前日に倒れ、手術の甲斐もなく亡くなってしまう。しかし、誰よりもラグビーを愛し、ひたむきに短い人生を駆け抜けたこの部員の名前は、ラグビー部に関わった全ての人の心に刻まれた。

モデルとなる部員が、当時フランス代表のジャック・フーローに体形が似てたことからフーローと呼ばれ、ドラマでもフーローでいく予定だったが、脚本家の気まぐれでイソップに変更された。その部員も同じ病で亡くなっている。

ラグビー部初代マネージャーの死

このドラマでは、三人の登場人物が亡くなっている。一人目が上記の通り、イソップこと奥寺浩。2人目が中華料理店「新楽」の主人である下田大三郎(梅宮辰夫)詳しくは後編見どころで。そして三人目が初代マネージャーを務めた山崎加代(岩崎良美)である。

山崎加代は、滝沢がラグビー部の指導者として就任したのを機に、マネージャーに就任。部内では、選手のユニフォームの洗濯・修繕やスパイクの手入れ、部室の清掃、練習スケジュールの作成、用具の手入れや後片付け、グラウンドの整備、部費の会計、毎日の練習日報の執筆等を行っていた。練習や試合の間ではスコアの記入やケガ・気絶した選手の手当て等のグラウンド外の仕事を幅広くこなし、滝沢だけでなく選手そして後輩マネージャーから絶大なる支持を得ていた。

父親が蒸発し、病弱な母親と二人の弟や妹のくらしを支えるために牛乳配達などのアルバイトをする傍ら、ラグビー部では明るく振舞う優しい生徒。川浜ラグビー部の基礎を築いた功労者の一人。2年間の休学があったが、無事に川浜高校を卒業。同校の事務職員として採用が内定していたが、父の帰郷を機に母の療養を兼ねて和歌山へ引っ越すことになる。

ラグビー部にいた時は、マネージャーの仕事で手一杯だったが、この時だけは自分も部員らとラグビーのプレーをした。卒業後、新幹線に乗る直前に練習日報を書き忘れたことに気付き部室に戻った際、大木と名村直(鶴見慎吾)の決闘の事実を知り、制止しようと二人のもとへ駆けつける途中で交通事故に遭い命を落とす。

練習日報は一日も欠かさず付けており、最後の日報(交通事故に遭った当日)には「このノートに書けなかったのは、それは”花園出場”という4文字です。」と綴られていた。彼女が死ぬ前に書き残したこの日報がきっかけで二人は和解したが、二人の決闘の経緯は動画又はDVD等でお楽しみに。

前編のまとめ

ここまでのストーリーはハッキリ言って大映系お約束の不良ドラマの色が強い。ラグビーネタといえば相模一高との試合ぐらいしか見どころがない。しかも、今では絶対放送できないシーンもついている。人によっては絶対見ない人もいると思うが、今放送されている番組よりかはよほど楽しめると自分は思う。

今回は、ドラマの中盤までの見どころを書いたが、文章が8千字を超える長いものになったので前編はここまでにして、続きは後編で書いていく。

 

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