生まれて20周年。再発された「The Photo Album」との思い出
アメリカの老舗バンドであるデス・キャブ・フォー・キューティー。彼等の代表作のひとつである「The Photo Album」がサブスクリプション・サービスで再発されていることに気付いたのはつい最近のことでした。
アルバムの発売から20周年を記念し、3つのボーナストラック、レアな音源、未発表のカバー曲を新たに追加するという大盤振る舞いで再発された「The Photo Album」。私がこのアルバムを初めて聴いたのは中学生の時分であったと思います。アメリカのオルタナティヴ・ロックについて調べていた父親がこの「The Photo Album」を気にし始めたことに影響され、私もデス・キャブを聴き始めました。それから実際にCDを手に入れるまでに時間はかからなかった印象です。
中学生の頃に「The Photo Album」を聴いてみて得た感動をその時は言語化できなかったのですが(子供時代はどんな人でも言葉をうまく使えないものです)、今思えばやはりメロディーの力、一曲一曲が持つ「歌」としての輝きに感動していたのだろうと思います。
デス・キャブはいわゆる「エモ」と呼ばれるアメリカン・ロックの血筋の中で一際有名な存在です。ほとんどの「エモ」バンドが太く熱いサウンドやメロディーを激しく鳴らしているのに対し、デス・キャブはアルペジオ(ギターの弦を一音ずつ弾く演奏形態)を織り重ねることで多層的なサウンドを構築していたり、歌として凝った構成をロックバンドのセオリーやルールの中に導入したりと、とにかく「メロディー」そして「歌」を中心にしているのです。
様々な音楽を聴く機会に恵まれた学生時代の中で、私が音楽を聴く際に最も重視することは「メロディー」そして「歌」の持つ輝き具合になっていきました。それは一重にデス・キャブが、「The Photo Album」が与えてくれた目線だったと思います。私にとってとても重要な「The Photo Album」が20周年を迎えたことを祝し、今回は徹底的にこのアルバムを掘り下げていこうと思います。
ざっくり
名作「The Photo Album」の制作背景を追ってみる
デス・キャブが結成されたのはべリングハムという都市でのことでした。同じ大学に通っていたフロントマンのベン・ギバード(ボーカル、ギター)とクリス・ウォラ(ギター)の出会いから始まったこのバンド。大学に入ったベンが全ての楽器を一人でこなし製作されたカセット音源「You Can Play These Songs With Chords」を始点としてベンのルームメイトであったニック・ハーマー(ベース)、友人ネイザン・グッド(ドラム)を引き入れバンドの形が出来上がりました。
ファースト「Something About Airplane」が若い音楽ファンやプレスから評価され、シアトルへと拠点を移したデス・キャブ。ネイザンの脱退によりセカンド「We Have The Facts And We’re Voting Yes」はドラムをベンが担当。このセカンドの時点で地元のインディ・レコード店ではデス・キャブのアルバムが猛プッシュされ、ライブの評判も軒並み高かったようです。
順風満帆な勢いの中製作された「The Photo Album」は24トラックの音を重ねられる豪華な録音環境を以て作られ、歌詞にはべリングハムに住んでいた時期やその当時の友人についてのことがしたためられているようです。その後もバンドは今に至るまで長い道のりを辿っていきますが、「The Photo Album」は彼等の作品の中でも非常にパーソナルな作品となっていることは明白でしょう。
改めて「The Photo Album」を聴いてみる
今回の再発を機に、改めて「The Photo Album」を10曲分聴き直すことにしました。
現在聴いて特に印象的だったのは「We Laugh Indoors」。イントロからして美しく胸をときめかせるようなギターの絡みがあり、それが少しずつ拡大していく様は洗練の極地です。実は結構久しぶりに聴いたこともあり、このイントロからアウトロに至るまでの起伏ひとつひとつに存在する普遍性が20年後の今も失われていないことが新鮮でした。
文句無しの名バラード「Styrofoam Plates」も改めて聴くと、こんなフレーズがあったのか!そしてそれがこんな風に綺麗に繋がっていくのか!という驚きがありました。中学時代から今に至るまでリスナーとして色々と音楽を聴き続けていたからか、昔聴いていたこのアルバムを多角的に聴けるようになっていたこと。そして「The Photo Album」という作品がどこまでも緻密に作り込まれたものであったことに、一定の時を経て気付いたのです。
同じフレーズがループしながらうねっていく間奏部分、そこから感情が丁寧に溢れていく様に、私はあの頃よりも深く感じ入りました。
たくさんのボーナストラックから見えるもの
さて、今回の再発には様々なボーナストラックが付属されています。そこから見えてくるものも探っていきましょう。
まず惹かれたのはストーン・ローゼズ「I Wanna Be Adored」をライブでカバーしているトラック。ストーン・ローゼズと言えば1980年代後期〜1990年代初期のレイヴ・カルチャー……要約すると、皆でダンス・チューンを聴きながら大きなフロアでハッピーに踊り続けることを目的とした、究極の快楽主義的なムーヴメントでした……を象徴するバンド。どちらかといえば禁欲的で繊細なムードを漂わせるデス・キャブがこの曲をカバーしているのはなかなか面白いです。アメリカのバンドがイギリスのバンドの曲をカバーしている、という意味でも興味深く聴いてしまう一品です。
同じくカバーテイクで、ビョークの「All Is Full of Love」をカバーしている音源も収録されています。エレクトロニカ色が強い原曲を完全にロックバンドの文脈に落とし込んでおり、メロディやコードも分かりやすく翻訳されているのが原曲よりも良く感じます(あくまで私観です。ビョークの原曲にも凄まじいエネルギーがあります)。ともすれば難解に聴こえる楽曲すら切ないロックにまとめ上げてしまう手腕に職人的なセンスを感じます。これこそ名解釈ではないでしょうか。
3曲のアコースティック・テイクも良いです。アルバムのオープニングに光る名曲「A Movie Script Ending」をアコースティック・ギターで演奏しているテイクなど、バンドによる装飾を削ぎ落としてもなお輝くメロディーの力に、私は静かに圧倒されてしまいました。「I Was a Kaleidoscope」は海外で有名な音楽文化に明るいラジオ局・KEXPでのスタジオ・ライブ。軽快なビート感の中にも感傷が響いています。
バンド編成でのデモ音源も入っていますが、既にほとんど完成形になっている状態であまりデモという感じはしません。別テイクとして聴くことが出来ます。
「The Photo Album」は私の原点だったと知る
この後のデス・キャブはより洗練された方向性へと向かい、繊細さをそのままに残しながらもより強靭な音へと変化していきます。私はやはり「The Photo Album」に漂う淡いアルペジオの重なりがどうしても好きです。私の中のナイーブな感情をサウンドに投影して聴くことが出来る音楽がどうしても好きなのです。
私は太くけたたましいギターの音よりも細くて繊細なギターの音の方が好きですし、ドラムもある程度軽い鳴りの方が好きです。ですからこの時期のデス・キャブの強靭過ぎない、しかし冷たく燃える炎を感じさせるサウンドはまさに私の理想的なロック・サウンドです。
そしてそういった音楽的な好みを言語化できるようになったのもごく最近のことで、口の回らない子供だった学生時代から見ると私も成長したのだろうと思います。私が抱いているリスナーとしての原点が中学時代に聴いたデス・キャブの音楽にあったことを、私は今回の再発で改めて知りました。このアルバムを私は折に触れて聴き返し続けるでしょう。私の原点を確認するために最良な位置にあるアルバムが「The Photo Album」なのです。