10月22日からWOWOWで放送が始まるパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」その第1回目に特集されるのは、ブラジル出身の水泳選手、ダニエル・ディアスだ。

彼は生まれつき、右ひじから先と右ひざから下がなく、左腕も指が1本しかないが、その豪快かつ軽快な泳ぎで、幾つものメダルを獲得している。

なんと、過去2回の大会でも合わせて15枚、そして今大会では金4つを含むメダル9枚を獲得したのだ。彼はパラリンピック選手でありながらも、同じく複数のメダルを獲得しているマイケル・フェルプス選手と頻繁に比較される。

しかし、それでもディアスは、「マイケルと比較されるなんて素晴らしいことだよ、でも、覚えておいてほしいんだ、僕のほうがずっとイケてるだろ」と話す。

ディアスはサンパウロの北部、ブラジルでも大都市にあたるカンピーナスの中流家庭の両親のもとに生まれた。彼のホームページには、母親の言葉で、生まれてきた男の子には生まれつき手足が無いことを医師が告げる様子が紹介されている。そんな彼は長年にわたり、母とともにサンパウロの医師のもとへ義手を装着させるために通い続けた。その中で彼が一番最初に興味を持ち、愛したのは水泳ではなく音楽であった。

「いろいろな楽器を試したんだけど、どれもうまく弾けない」と、テレビのインタビューでディアスは答えている。
「でも、ドラムは上手くいったんだ。母が、スティックをうまく握るやり方を考えてくれた。だから演奏できた」

それでは、ハンディを抱えながらも音楽を愛した彼がなぜ、水泳の道を歩むことになったのか。

それは、ブラジルの水泳選手、クロドアルド・シルバが、パラリンピック・アテネ大会で6つの金メダルを含む、7つのメダルを獲得する様子を見た時だった。ディアスはその時から目標を変更。スポーツに集中することを心に決めた。

憧れのシルバに匹敵する選手になるか、または彼を超えるために。

そうしてディアスは15歳で障害者スポーツを支援するサンパウロのNGO「ADD」に入り、水泳を始める。その成長は目覚ましく、2ヶ月の間に、4種目の泳法をマスターした。このときのことを今、ディアスはこう語る。

「人生で一番苦しかったのが、練習を始めたこの頃だった。誰も助けてはくれないし、スポンサーが付いているわけでもない。父がすべての費用をまかなってくれていた。だから僕は競技ができたんだ」

やがて、それが報われるときがやってくる。ディアスは北京大会で、憧れのシルバを上回る数のメダルを獲得。最終的に金4つ、銀4つ、銅1つという驚きの記録を打ち立てたのだ。

そして、ディアスの更に素晴らしい点は、北京とロンドンの間の4年間でも、記録を残し続けているということだ。

その一貫した強さは確かに、フェルプスと同レベルと見なされる要因となるだろう。

ちなみに、アイントホーフェンで開催された2年前の世界選手権で、金メダル8つと銀メダル1つを獲得、グアダラハラで行われたパン・アメリカン大会では11個の金メダルを獲得している。

きっと今も、大きなプレッシャーがあるだろう。それでも、確実にディアスは栄光を掴み取ってきている。そんな彼は、こう話した。

不可能なんてない」ということ。彼は障害を抱えながらもその姿で、そう語る。

ディアスは、これからも多くの人々に希望を与え続けるであろう。彼のこれからの活躍にもまた、期待していきたい。

ブラジルの支援充実 「金メダル5位」目指す : リオ五輪(オリンピック) : 読売新聞(YOMIURI ONL… リオデジャネイロ・パラリンピック開幕まで7日で半年。地元ブラジルは国を挙げた支援体制でメダル量産を狙う一方、大会をきっかけに障害者スポーツの発展や社会のバリアフリー推進を目指している。(リオデジャネイロ 畔川吉永、写真…www.yomiuri.co.jp

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