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2024/12/10:フリーペーパーvol.105発刊!

責任を持って推薦!「J-POP」「J-ROCK」の影に隠れた美しい名曲10選

序文ー結局、「J-POP」「J-ROCK」だけが日本の音楽ではない、という前提から

唐突に筆を始めさせて頂きますが、2020年代に入り、日本にある音楽界の在り方は非常に歪なものとなっているように私には感じます。
サブスクリプション・サービス、YouTubeといった、音楽を身近に感じられるようなネット上におけるツールの普及は、より偶発的なリスナーと音楽との出会いを活発化させると私は思っていました。そういった偶発的な出会いの一般化が、メジャー・インディー、あるいはプロフェッショナル・アマチュアの垣根を崩し、セールスや広告の介入しない、(語弊があるかもしれない言い方をすると)「自由」な音楽界を作り上げていくのだと。

音楽の価値とは

しかし現状として、やはり世相はセールス・広告の数字の多さによって音楽の良し悪しを判断しています。権威や広告的なトピックの無い音楽には実力は無く、様々な権威を引き連れる音楽が善であり、社会的な価値を持っている、とされる世相。それが音楽がビジネスの一つでもある以上、しょうがないことだ、と言われればそうなのかもしれません。ですが、音楽は統計や社会的地位によって計算されるべきものではないという理想も、私は捨て切れません。

(どんな音楽が素晴らしいかは主観でしかない。とは思いますが)完成度や売れ行きの追求の中で素晴らしい音楽が黙殺されていくことに対する異議を込めつつ、今回の記事では、私がリスナー生活を20年以上続ける中で出会った、印象的な、あまり一般的には知られていない日本の名曲を紹介していこうと思います。
「J-POP」「J-ROCK」といった括りには収まらない名曲を、皆様にも知って頂けたら非常に嬉しいです。

1:shiba in car「クラクション」(2008年「PASSPORT」収録)

まずは京都発、港 麻里氏と神宇知 正博氏の二人組ユニットであるshiba in carの「クラクション」から。極めて寡作なユニットゆえあまり知られておらず、かく言う私も知ったのはここ数年の話です。

まず聴こえるのはアコースティック・ギターの小気味良い、静かな響き。男性には絶対に出せないであろうセピア色の写真のような褪せた歌声を中心とした曲で、静かな序盤からナチュラルに音とコーラスが幾重にも重なっていく中盤の展開が鮮烈です。翳りに富んだどこか不穏な歌詞も、オーガニックで優しいサウンドとのミスマッチ感が凄く格好良いです。

気に入った方にはYouTubeにのみデモ音源がアップされている「大きな川の流れるあの街で」もサッドコア(悲しいメロディー、スローなテンポを強調したロックミュージックの総称。アメリカのCodeineなどが代表的なバンド)性の強い名曲ですので、是非併せて聴いて頂きたいです。
ちなみに、この「クラクション」はヤマジカズヒデ氏の「真空管」という曲にコード、サウンドが結構似ています。聴き比べてみると、より面白いと思います。

2:柴草玲「川辺」(2003年「うつせみソナタ」収録)

続いては歌手・Cocco氏の「強く儚い者たち」「樹海の糸」といった名曲も手掛けたシンガーソングライター、柴草玲氏の「川辺」です。
大江千里氏や松山千春氏といったアーティストのサポートミュージシャンを務める傍ら楽曲提供活動も行い、1999年から作詞作曲家兼歌手としての個人の活動にシフトした柴草氏。「川辺」は一言で言ってしまうと恋愛の歌ですが、単なるラブソングではなく人と人のコミュニケーションの複雑性、人間が持ち得る関係性の奥深さを強く訴えるような内容です。

メロディー、歌声には百戦錬磨のミュージシャンにしか出せない盤石のエネルギーが溢れ、音数の多いアレンジは幻想的な感覚をもたらしています。極めてポップスに近い楽曲ですが、「J-POP」に回収されない歌を作り出すアーティストとして、柴草氏は非常に素晴らしいです。
また、この「川辺」が収録された「うつせみソナタ」は(決して安易な形容ではなく)文学とポップス、シンガーソングライター的な作曲術が美しいメロディーと歌声の中で手を繋いでいる、名作中の名作です。是非チェックをお願い致します。

3:cuthbarts「ウシナウミウシナウ」(2020年「A varied collection of songs to listen to as the sun sets」収録)

続いては北海道を拠点とするバンド、cuthbartsのベスト盤から一曲目「ウシナウミウシナウ」です。
1995年の結成以降、メンバーチェンジなど紆余曲折を重ねながら紡がれた歌は、なぜこのバンドが表舞台に現れないのかと不思議になるほどの強い音楽への愛、そして人を惹き付けるメロディーの魅力に溢れています。

この「ウシナウミウシナウ」は元々「まだ見ぬ世界」というアルバムに収録されており、バンドのキャリアを通しても屈指の名曲となっています。内面から漏れ出た呟きのような歌と、ストリングスのサウンドも含めたドラマティックな曲の展開にはどうしようもない「切なさ」が宿ります。
(当人が望んでいるかどうかは別として、私の主観で)こういう歌こそ街やテレビで流れて欲しいし、緻密な恋愛物語を描くような映画に起用すれば幅広く聴かれそうな歌なのに……と悔しくなるほどに名曲です。

4:wash?「YOU」(2018年「sweet」収録)

ボーカル・ギター担当の奥村 大氏を中心に結成、2002年から活動を開始したwash?の楽曲です。
古今東西のグランジ(ニルヴァーナなどに代表される、ハードロック的なリフとやさぐれた歌唱を持つロックミュージックの代表的ジャンル)〜オルタナティヴ・ロック(いわゆる王道のロックミュージックと相違するロックの総称)からの直接的影響を感じさせるwash?の楽曲の中でも、スローなテンポで一歩ずつ歩みを進めるこの曲は私のお気に入りです。

少しヨレヨレのギターサウンドから「不意の雨降り」という歌い出し。この瞬間にロックミュージックが誕生以来、業のように抱える倦怠感・無力感が思い切り表現されていて、日々倦怠、無力感を意識しながら暮らしている私にとっては(おこがましい言い方ですが)とても共感できます。
けたたましい大音量でのバンドサウンドに対するこだわりや、どこか世を儚むような情緒性が印象的なwashの音楽は非常に独創的です。とにかく格好良いロックが聴きたくてたまらない方には是非ともお勧めです。

5:徳永憲「悲しみの君臨(デュエット with 小島麻由美)」(2013年「ねじまき」収録)

1993年に上京、1998年にデビュー。レコード会社から契約を反故にされるなどの紆余曲折がありながらも今に至るまで優れた楽曲を発表し続けている名シンガーソングライター、徳永憲氏によるこの「悲しみの君臨」もまた名曲です。

アコースティックな楽曲からバンドスタイルの楽曲までこなす徳永氏。ジャズ〜ロックンロール等を横断し古めかしい楽曲を作ることで知られるこれまた名シンガー・小島麻由美氏を迎えての「悲しみの君臨」は、私が今まで聴いてきた邦楽の中でも最も美しいアコースティックギターの音色、そしてメロディー・歌詞を持っている!と主張したくなるくらいの素晴らしさです。

並走する男女の歌声は非常にソフト。アコースティックギターも極めて繊細に紡がれ、言葉による情景・心理描写も何気ない言い回しで統一されている。しかし、そのナイーブな音像と何気ない言葉の連想から放たれるエモーションの壮絶さたるや!と唸ります。
「悲しみの君臨」には、全体的な音圧や言葉選びの過激さという意味で「激しい」音楽よりも、ずっと強いエモーションが歌全体に響いて、みなぎっているように思えてならないのです。音楽におけるエモーションの伝え方、伝わり方について考えさせられるような、哲学性を見るような奥深い一曲です。是非お聴き願いたいです。

6:鈴木祥子「もういちど」(1998年「あたらしい愛の詩」収録)

1988年のデビュー以来、弛まず作品を作り続けるシンガーソングライター、鈴木祥子氏。手練の楽曲提供者としても活躍し、小泉今日子氏に提供した「優しい雨」はリスナーの中で最も知れ渡っているであろう名曲中の名曲です。

鈴木氏のキャリアの中でも特に素晴らしいのが、この「もういちど」という楽曲だと私は思います。とにかくメロディー・コードの使い方が素晴らしい!イントロから完全にガッシリ掴まれるようなクールな感触があります。エレクトリック・ピアノを効果的に使っているのが大きいと思います。ギターサウンドの強いロック感と鍵盤の都会的な感覚が見事に融合して、純然たるポップスのようで、実はどこにもない音楽に仕上がっているのです。
歌詞に関しても、何気ないシンプルな言葉で喜怒哀楽の鋭敏さを伝える筆致の巧さが際立っていて、本当に非の打ちどころが無いです。

鈴木氏が1990年代後半〜2000年代初頭に発表した「私小説」「あたらしい愛の詩」「Love, painful love」の3作は、独創的なポップネスと恋愛という行為への思索によって結実した名作です。サブスクリプション・サービスでもリマスター版が配信されているので、音楽好きを自負する方にはこの3作を是非押さえて頂きたいと思います。

7:sleep warp「トバリナイツ」(2021年発表の新曲)

2012年からの長いブランクを経て発表された、日本のバンド「sleep warp」の新たな楽曲です。このバンドのことも私は長いこと存じておらず、SNSで信頼できる情報筋からその存在の情報を入手致しました。

早速この「トバリナイツ」を聴いてみますと、非常に美しいコード感に色とりどりのサウンド、儚げなボーカルが実に印象的でした。どこか1980年代のポップスを想起させるようなメカニカルで近未来的な雰囲気が心地良く、様々な年代の音楽の中でも1980年代の音楽が特に好きな私にとっては非常に嬉しい楽曲でした。

過去の楽曲も聴いてみましたが、非常にクオリティが高くツボを押されるようなメロディーの連続!本当に映像的な音・印象的な歌を作るのが巧いバンドであると感じました。なぜ今まで知らなかったのか、と途方に暮れてしまうくらい良いバンドです。
現在も新曲を続けて制作中とのことなので、私は続報を心待ちにしているところです。

8:KASHIF「Breezing」(2017年「BlueSongs」収録)

(((さらうんど)))、一十三十一氏、スチャダラパーへのサポート、Pan Pacific Playaという音楽クルーを主にした活動などで知られる、AOR〜シティ・ポップの文脈を受け継ぐ異能のギタリスト、KASHIF氏の「Breezing」という楽曲です。

私がこの「Breezing」が収録された「BlueSongs」というアルバムを知ったのは、発表から少し経った2019年のことでした。個人的に当時はテレワークでない別の仕事をしており、仕事上での通勤・退勤の時間が非常に苦痛でした。朝方から街の風景を見ることで、否が応でも現実世界が持つある種の平坦さ、日常のストレスや煩雑さから逃れられなくなっているのが分かり、「街の風景を眺める」という行為が自分の精神を確実に追い詰めていました。
そんな時にiPodでKASHIF氏の「BlueSongs」を聴くと、「街」という俗世間に縛り付けられている状態でも、その思い切りアーバンで洒落た音世界と繋がることで、軽くフワッと現実逃避できる感覚があったのです。通勤・退勤の道が、椰子の木が並ぶビーチの砂浜のように思えたのです。ギリギリのところで自分の精神状態を支えてくれた「BlueSongs」というアルバム、それを作り上げた関係者の方々には感謝しかありません。

この「Breezing」は「BlueSongs」の一曲目です。潔癖なほどの清涼感は、水道水ではない美味しい水を飲むような豊潤さ。時代の加速とともにますます増加する現実の苛立ちを忘れるには最も適した音のように感じます。とにかく俗世間から意識を離したい方に、是非ともKASHIF氏の音楽はお勧めです。

9:COIL「BIRDS」(2000年「ORANGE&BLUE」収録)

岡本定義氏、佐藤洋介氏(現在は脱退)の二名が主となる音楽ユニット、COIL。秦基博氏やスキマスイッチなど、オーヴァーグラウンドなJ-POPの旗手たちとも交流を持つ彼等には多くの名曲が存在しますが、やはりここは代名詞的な一曲「BIRDS」を御紹介しようと思います。

どこかいびつな音も含むアレンジは決してポップスの王道、という感じでは無いのですが、むしろこの「いびつさの積極的な取り入れ」こそがポップスの本質なのではないかと思わせるような、ある種の洗練が感じられます。
どうしようもなく美しいメロディー、岡本・佐藤両氏のハーモニー。不協和も協和もひっくるめて、最終的に「有終の美飾る人生が 君を待っている 飛べないはずはない その時を信じていて」というメッセージへと繋がっていく構成美。それを3分という短い時間にまとめてしまう手腕。私もこの記事を執筆するために久々に聴き返しているところですが、やはり非常に素晴らしいです。

「BIRDS」は生活に悩みを抱きかかえているような方、(歌詞の通り)危ない橋を渡らざるを得ない人生を送っているなぁ、と自覚し始めた方に是非聴いて頂きたい一曲です。そういう方は実はとても多い(というか、そういう生き方をしている方がほとんどだとも思います)のではないかと思うのです。そういう歌詞のメッセージ性、前述した「いびつさ」も含みつつ「BIRDS」は令和へと移り変わった時代の流れの中で、より強い説得力を放っているように思えます。是非聴いて頂きたく思います。

10:AZUMI「6月25日」(2014年「夜なし」収録)

最後に御紹介させて頂くのは日本のブルースマン、「AZUMI」氏が歌う「6月25日」という歌です。
元々は「光玄」氏が歌っていたこの歌の作詞は光玄氏の奥さんである郭早苗氏。若くして家を捨てた女性の人生を綴った歌となっており、歌詞の一行一行に雨上がりの舗道の匂いが香り立つような凄まじい歌です。
アレンジもいなたいフォーク調である原曲とは全く違い、一風変わった浮遊感のあるコードでどこか千鳥足なテンポを刻むものとなっています。興味が湧いてきた方は、是非聴き比べてみて下さい。AZUMI氏の解釈力・発想力・演奏力の凄さがよく分かります。

「しあわせなんてきっと気分次第 ため息ひとつでなんとかなるわ」

適応障害を発症し、精神的に追い込まれて仕事を辞めるしかなく、先行きが不透明だった時、私はこの一行をひたすら聴いて正気を保っていました。全く違うひとの人生が歌われているのに、なぜか自分のことが歌われているような気分になりながら、「6月25日」を聴き続けていました。あの夏頃の空気感は、コロナウイルス流行による騒乱の記憶と共に、忘れられないものとなりました。
一行の歌詞に救われる、という経験は20年ほどリスナーとして生活していても正直なかなか無いものですが、この「6月25日」の一行は、その辺のおじさんの歌のようでもあり、全能の神がふと漏らした呟きのようでもある、AZUMI氏の太く優しい歌声とともに心に沁み渡りました。
私の思い出の一曲、是非皆様にもお勧めしたいと思います。是非お聴き下さい。

「名曲」を見つけ、愛せるのは「個人」。だからこそ音楽は自由だ!

以上、私が一般的な音楽シーンの影に隠れてしまっているような気がして止まない、美しい10曲を紹介致しました。皆様の新たなお気に入りになるような歌はありますでしょうか。

名曲というものは、本当にどこに転がっているか分からないものですし、勿論それを「名曲」かどうか判断するのはひとりひとりの個人です。音楽というものが、なかなか通常の社会生活で手に入れることのできない「自由」を体現できる訳はそこにあります。
音楽は著作権を持つ人のものではなく、社会が有するものでもなく、「個人」のみが手に抱きかかえて愛せるものだと私は思います。その事実さえ押さえておけば、あらゆる音楽に輝きを見出すことが出来る、と私は常日頃感じています。
一人のリスナー・そして生活者として、これからもたゆまず音楽にまつわる情報収集を行い、新鮮な感性とフィーリングを保っていたいものです。

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