年金2,000万円問題!地方移住で本当に快適な老後が待っている?
2019年6月、金融庁が市場ワーキング・グループに調査依頼したにもかかわらず、調査結果を不満とし、麻生大臣の指示で受取拒否した際に露呈した「年金2,000万円問題」。公的年金だけでは老後の生活は賄えず、個人でプラス2,000万円の準備が必要だ、という調査結果の事である。大抵の人が年金だけでは生活できない、と何となくわかってはいたが、具体的な数字を挙げられると自分の老後の生活についても具体的に考える機会になったと思う。麻生大臣の態度に腹も立ったが、あれのおかげで話題性が高まり、個人的には良かったと思う。
では自分はその2,000万円を自費で用意できるのか?どうやったら人生100年時代の老後を安心して生活できるのか?そもそも本当に2,000万円も必要なのか?人によって考えは様々だろう。
この「年金2,000万円問題」を取り上げた各メディアで、「老後の地方移住」という選択をした夫婦を取材したものが数多く取り上げられていた。彼らが嬉々として話す地方移住は、大変魅力的に映っていた。地方なら広い土地が安く買える、都会で子供と住んでいた一軒家を売却して田舎で安い住宅を購入してもある程度の現金が手元に残るから安心だ、賃貸の場合でも家賃が安く都会と比べたら庭も広い物件だ。さらに生活費も食費は家庭菜園や近所からのお裾分けでほぼ賄い、週に一度夫の運転で車で街まで出て肉や日用品を買い出しに行くだけだから、都会と比べたら桁違いに安い生活費で暮らせる、などなど。かなり良さそうに見えた。
40代で実際に単身地方移住!都会とは全く違う田舎暮らしの良さ!
かくいう私も東京から鹿児島の小さな農村へ移住し、丸二年過ごした身だ。私の地方移住を決めたきっかけは田舎暮らしがしたかった、という訳ではなく他の事情があったのだが、子供の頃に身内が同じ半島に住んで居たので、行ったことは無いけれども何となく昔から通り過ぎて気になっていた、小さな農村を選んだ。知り合いも友達も居ない環境だったが、せっかくの初めての田舎暮らしをする機会だ。東京育ちの私が元々ずっと興味を持っていた有機栽培やDIYを本気でやってみよう、と思った。
自然に囲まれ、ゆったりとした暮らし
私はネットで探した一軒家を、東京ならば風呂なし四畳半アパートが借りられるかどうか?という位の家賃で借りることが出来た。平屋の古民家一戸建て、3DK、庭付き、私は車を運転しないが駐車場付き、畑付き、憧れのDIYも綺麗にする分には好き放題やって良い、野菜作りも自由に裏庭で出来る物件であった。海も山も近い丘の上で、風がよく通る景色の良い物件だった。引越した家は想像していた通りの、とても空気が美味しくて静かな場所だった。夜は20時を過ぎれば真っ暗になる。空が低くて星がとても大きく明るく、流星群も何度も観測した。大量の流れ星を生まれて初めて観て感動した。種子島宇宙センターからのロケット発射もかすかに見えた。趣味のギターやヨガの練習もやりたい放題だ。家は古いがこの場所なら満足な値段だと思った。
自分でDIYした部屋で、採れたての有機野菜を食べる事が出来るのは最高!
私が田舎暮らしでやってみたかったことは、DIY、そして花を育て野菜を作り、ゆっくりとした時間の流れを楽しむことだった。まずは家周りの雑草を抜き、庭を広く使って生活に必要な物をDIYする事から始めた。次に庭にアンティークレンガを使ったおしゃれな花壇を作った。プランターには、すぐに使えるパセリの苗なども植えた。畑は裏庭の土を耕し畝を作り、肥料を施し、土作りから始めた。早く成長する葉物などは少しずつだがすぐに収穫が出来るようになった。朝は畑や花壇を見て回り、収穫をしながら虫を取ったり間引きをし、水やりをした。収穫した野菜と手作りしたヨーグルトでスムージーを作った。手間暇を掛けて有機栽培をして育てた野菜を、採れたての状態で自然の中で摂ることが出来るのは、とても贅沢で人間らしい生活だと感じた。
不便も創意工夫で乗り越えれば、節約シンプル手作りライフを楽しめる
私は車を運転しないので、一番近くても買い物は歩くと50分近くかかるスーパーへ行くしかなかった。当然私が作る野菜の量では食料が賄いきれない為、週に一度生協の配達を利用し、近所の無人野菜販売所も利用しながら生活した。形は悪くても安くて新鮮な旬の野菜がスーパーの4分の1程度の値段で手に入った。基本的に買い物へ行く機会はめったにないので、足りないものはまず家にあるもので何か代わりが無いか?を考えるようになった。もともと料理も物作りも好きだったので、案外何とかなるものだった。どうしても足りないものはメモをしておいて、通院の際などにまとめて買い物をした。生協は翌月引き落としで現金は必要ないので、財布を使うのは月に5回もあれば多い方だった。なにしろ住んでいた農村にある唯一の金融機関である簡易郵便局にはATMすらなく、窓口も15時までだったので気軽に引き出しに行く感覚は無くなった。
一ヶ月の収支の把握は簡単で、ムダな買い物も少なかった。ネットでの購入は東京に居たときよりは増えた。趣味の消耗品だったり、実店舗が県内に無くて実際に見て購入出来ないものが多々あった。ネットのほうが安い物を見極めるリサーチも新しい楽しみになったが、実際には購入しない事の方が多かった。特に衣料品はほとんど購入しなかった。お洒落を楽しむよりも目立たないように派手にならないように気を使った。移住の際にかかる転居費用を抑えるため、物も最小限に減らしていたから収納も部屋もゆったり使えた。家に合わせた家具は買わなかった。広いスペースに少ない物で、新たに購入する必要は無かった。ゆったり広いキッチンで食べたいものを工夫しながら作り、料理の腕も上がった。
地方移住のデメリット。テレビに出てくる素敵な田舎暮らしが全てじゃない!
地方移住すれば、都会との違いに戸惑い、驚くことも多々ある。
移動は基本クルマ。公共の交通機関は時間通りには来ない。土地によって人柄も違う。移住者にとって心地良い環境なのか?は実際に住んでみないと判らない。
超クルマ社会で全てがのんびり!同じ国でも海外移住並にに文化が違うと覚悟する!
お腹が空いても気軽に利用できるコンビニも食事が出来る場所も近くには無い。体調が悪い時も自宅にあるもので何とか済ませなければならない。外食は電車で1時間ほど出れば東京と変わらないチェーン店もあるのだが、車が無い一人身でわざわざ出かけるのは、役所に用事がある時か通院の時くらいだ。バスは一日5~6本しかない。1時間半バスが遅れて来ることもある。電車は単線で1~2時間に一本ほど。ちょっとした風雨でも運休になり復旧に時間がかかるから帰る時間をよく考えないと気軽に出かけられない。南の地域だから天候も東京より急激に変わりやすい。しかし大抵の人が車を所有しているか家族に乗せてもらい車で移動するから、バスや電車のことは気にしていない。少数の公共交通機関を利用する人達も遅延でイライラした様子は見せず、諦めが肝心らしかった。晴れていても電車が動かない事も多々あったが、誰も不満を言っていなかった。
夜20時以降に道を歩いていると通り過ぎる車のドライバーがビックリしてしまうような夜道になるし、イノシシなどの獣も出るから夕食後の散歩なんて出来ない。帰りが夜になる時は懐中電灯を照らしながら帰った。
乗り物もそうだが修理や配達など、業者の人達も比較的のんびりだ。悪く言えばユルくてプロ意識が低いと感じる機会も多々あった。時間通りに来ない、伝えた通りにやってくれない、人によって言うことが違う、ミスを指摘されても謝らない、個人情報の取り扱いへの意識もまだ低い人が多いと感じた。東京がキッチリし過ぎなのかもしれないが、今までの当たり前が通用しない。良く言えばおおらかで、根本的な感覚がどこか違うのだ。市内から来たプロ意識の高い業者に会うとその有り難さに感動するようになった。途中で気がついた。「同じ日本だと思うからイラッとするのだ。ここは違う国で文化も風習も違う、と思ったほうが楽だ」と。
思うように収穫まで行かない有機栽培と、虫との共生
思うように収穫まで行かないのが畑仕事。実際に「年金2,000万円問題」の際にテレビに出ていた、夫婦で地方移住した方々のように、ある程度安定して様々な野菜が収穫できるようになるには時間がかかる。化学肥料を使わずに、有機栽培で日々食していく収穫量を維持するのには、何年もかけて土壌改良し、土地にあった野菜を試行錯誤し、積み重ねた農業経験が必要だ。作業する人のそれまでの経験値、その年の気候によっても違いは出るが、全くの素人がいきなり毎年大収穫!とはいかないのが現実である。特に一年目は必要な道具を揃え、肥料、種、苗、とお金も体力もかかる。少量の収穫にかける手間、費用(特に水道代)を考えると、必要な分だけ購入したほうが安い物も多かった。かがむ作業が多いから、腰や膝も痛めやすい。
病虫害も有機栽培にはつきもので、朝夕虫を取り除いても追いつかない。収穫した野菜にも、隙間だらけの古い家の中にも虫がいるのは当たり前。自分よりも先にこの土地に住んでいる虫たちなのだから、私が虫と共生する生活をいかに受け入れるか?という事なのだ。
自然災害が多くて、復旧にも時間がかかることを覚悟する
台風、竜巻警報、土砂崩れや緊急避難指示の音で目が覚める、停電が3日続く、といった生活も初めて経験した。数時間の停電くらいはしょっちゅうなので、すっかり慣れて懐中電灯を各部屋に置くようになった。電力会社のホームページで停電の原因を確認すると「獣等による断線」が一番多かった。日々天候や台風、竜巻、火山灰のことを気に掛けつつ、野菜の状態をみながら水やりや追肥のタイミングを考え、食料の在庫を頭に入れ計画的に備蓄、生活をする必要があった。
地元の人達にとって、よそ者は一生よそ者!
私が住んだ農村はもちろん町名もあるが、地元の人達は「◯◯集落」という区分で土地の話をしていた。何度か確認したが、詳しく説明をしてくれる人は一人も居なかった。他の土地から来たお嫁さんなど移住の先輩に聞いても、はっきりと解らないものらしい。周りは大体が誰かの親戚だったり昔からの住人で周知の仲である。何年住もうが移住者の「よそ者」という立場が変わることはない。挨拶はするし、知らない人と会話もするが優しい言葉の裏にちょっとした冷たさを感じる言葉も付いてくる。私は知らなくても相手は私をよく知っている。家の状態や仕事の事、生活状況についてもよく見られていた。地元の方の私への扱いの二面性に驚き、戸惑う事も多かった。親切なのか、関わりたくないのか、判断が難しかった。回覧板も回って来なかった。
地元の同世代の方々は子育て世代。専業主婦は知っている限りでは居なかった。交通機関を利用しなくては移動できない身では、気軽に街へ出て趣味の友達を作るような機会を持つのも難しかった。
引越しをした先にどんな生活が待っていて、どんな人達が周りに住んでいるのかは実際に住んでみないと分からない。地方移住はもっと分からない。地方移住者が集まる地域でもない限り、ネットで前もって調べることの出来ない情報がほとんどだ。
老後の移住の最大のリスクはこれ!
私の場合は一年後には免疫低下で、低体温や様々な物へのアレルギーが酷く出るようになった。身体が痒くて眠れず、めまいや全身に痛みもあるから草むしりも出来なかったが、草は一年中容赦なく生えてくるし、虫は元気に増え続ける。近所の目は気になったが、どうしようもなかった。
体調が急激に悪くなることもあり、職場の方の車で一番近いクリニックへ連れて行って貰った事があった。「定期的に通っている病院のお薬が多いので、ウチでは風邪薬も出せません。主治医の居る病院で診てもらってください」と言われただけで帰された。私が月に一度通っていた病院は、バスを利用して平均して往復5時間はかかった。小さな農村から近い所には病院の数も少なく、ほぼ選択肢がない。体調が悪い時ほど、自力でかかりつけの病院へ行くのは困難だ。気軽に頼れる人も居なくて、動けないくらい具合が悪い時は家で寝ているしかなかった。少し離れたクリニックへも、何らかの交通機関を利用しなくてはならない。多少動けるようになってからでないと主治医のいる病院へは行けなかった。
様々な生活の不便さの中でも、地方移住で最も大きな問題が「通院」についてだ。
あなたや一緒に移住するパートナーが、車の運転を出来なくなってもそこで暮らせる?
移住先には交通機関がいくつもあるから、といって安心しないで欲しい。運休や遅延の頻度も知る必要がある。東京から近い場所でも、時間通りに一時間に何本もバスや電車が来るわけではない。救急車が行く事になる専門医の居る大きな病院まではどのくらいの距離か?評判は良いか?退院後に通院できるのか?歯科、整形外科、眼科なども、都会のように都合よく沢山無い。選べない。急に異変があっても、評判の良くない古い設備のクリニックから選択しなければならない可能性も高い。車や公共交通機関を使って離れた場所にあるクリニックへ通う場合も、道路状況や天候によっては予定通りにいかない事もある。一時間の距離でも実際は往復で何時間かかるのか、が大きな問題だ。
最期までそこで独りで生きていく覚悟があるか?「万が一」はもっと高い確率でやってくる
大病にかかれば、自宅から離れた大きな病院へ通うことになる。検査の時だけだとしても大きな負担になる。その時、車で気軽に連れて行ってくれる人が常に側に居るとは限らない。看病する側もされる側も、自分と同じように年老いていく。移動が大変だ。都会に住んでいる子供達が都合よく来てくれるだろうか?近所に友達が出来て、何でも気軽に頼める関係になっているだろうか?相手も年老いていて辛い病気かもしれない。最期は放っといてくれ、と今は言っていても、実際にその時が来たら痛かろうが誰に何を言われようが、通院もせずに放置していられるだろうか?
ぜひ最悪なパターンになった場合のプランを想定してから移住を決めて欲しい。「万が一」の話しはもっと高い確率で起こる。地方では大病院すら選択肢が少ない。通院にタクシーを使える位に預貯金をする、老人介護制度を利用する、便利な場所へ転居する、子供の世話になる、等それぞれの状況に合わせて考えられると思う。移住先で暮らす事だけに執着せず、柔軟に様々なプランを検討して欲しい。
老後の地方移住の注意点!まとめ
来る限り人に迷惑をかけずに人生を終えたいと考えていても、年齢を重ねる程に体調の変化や体力の低下は免れない。これから先、自力で頑張るにはこのままで良いのか?新しい人間関係はどこまで築けるのか?を考えたときに、私は田舎暮らし二年を経て、通院にも趣味の活動へも移動が便利な街へ転居した。田舎暮らし自体は大好きだったが、今後ますます身体に変化があるであろう将来を考えて決断した。
老後に始める移住は、きっと私の移住よりも更に大変なことが多いと思う。多くの意見を参考にし、よく検討して欲しい。