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32年前の精神科病棟「保護室」の実態

精神科病棟の「保護室」で行なわれること

大学病院の精神科入院施設が一体どのような構造になっているのか、一般的にはあまり知られていないでしょう。精神科病棟は閉鎖病棟であることが多く、病院関係者または入院経験のある者でなければ、その内部を見る機会もほとんどありません。

精神科の入院施設は、入院施設を備えた個人の精神科病院か、大学病院など総合病院の精神科病棟の、大きく2種類に分けられます。大学病院入院病棟の入り口からは見えない奥の方に、鉄製の大きな扉で封じられた保護室という場所がありました。昭和63年2月、まだスマホも携帯電話も普及しておらずテレホンカードの5000円券が販売されていた時代に、私は鹿児島大学精神科3階東病棟に入院しました。16歳の冬のことでした。

保護室に入る患者の特徴

精神科で、人権を訴えるのは難しいことです。どれだけ自分の意見を持とうとも、保護室に入れられてしまえば医師や看護師との交渉権すら完全に奪われてしまうからです。

保護室に行く患者の経緯

精神科病棟の大部屋には、1部屋に4台のベッドが置かれていました。保護室に行くことが決まった患者さんには、いくらか共通の特徴が見られました。それは、朦朧(もうろう)とした状態が普段より強くなっていたことです。なぜ朦朧状態が強くなるかというと、薬が強くなっているからです。精神科では、強い薬を多く投与することで患者の状態を緩和していました。少なくとも、30年前の精神医薬は患者を眠らせるようなものが主流で、それが精神医薬の限界でもありました。

保護室行きが決定するまで

私は、向かいのベッドの患者さんが保護室に連れていかれる様子を見たことがあります。その人は、1週間ぐらい前から話す言葉も聞き取りづらく、呂律も回らなくなっていました。ベッドの上に正座し、何をやるでもなくボーッと何もない空間を見つめていました。独り言を小さくささやき、夜はほとんど眠れていない様子でした。

ある日、ベッドに横たわる彼の元へ主治医と看護師の2人組が近寄りました。医師の口から保護室に入ることが告げられ、携行品を準備するよう指示されました。患者は自分の意志を伝えようとしますが、呂律が回らないもどかしさに涙さえ浮かべていました。彼は、言葉をほとんど発することができないまま主治医にうんうん、と、うなずいています。もともと交渉力の落ちている精神科入院患者1人に、医師は看護師を1人を用意し、万全の体制で保護室収監の遂行にのぞんでいました。

ほぼ一方的に理由の説明を終了することで、医師は本人の同意を得たという形式の確保に成功したようでした。患者は、病院規定の患者用パジャマのまま手ぶらで主治医に付き添われ、壁の向こうが保護室となっている鉄扉の前まで歩きました。携行していい品は、看護師が規定に照らし合わせ後から選別するようでした。

医師の自由裁量

保護室の利用については、医師によって考え方が異なっていたように思います。私の主治医はまだ臨床についたばかりの若手の医師でした。保護室よりも対話を重視する人でしたから、私は運が良かったと言えるでしょう。でも、医師によっては保護室利用を切り札にしているような人もいました。特定の患者だけが、何度も鉄扉の向こうに行ってましたから。

保護室により得るもの

保護室で患者を24時間監視下に置くことで得られるメリットを考えれば、それは第一に客観的な行動データの収集でしょう。それが、患者への効果的な治療法を生み出すなら、その面だけで見ればそれはメリットかもしれません。しかし、それは保護室の中でしか得られないものなのでしょうか?

通常の大部屋や個室のまま、機材を設置し患者との問診を密に行うことで同じデータが入手できないのでしょうか。

精神科の信頼関係

精神科というところは、入院するほどの症状にあるなら、本人の意思ではなく主治医による措置入院の場合も多くあります。病気という自覚のないまま入院させられたと、不満を抱えたままの人もいます。

精神科病棟というのは、主治医との信頼関係がスタート地点からマイナスである場合が多い場所です。そういった関係のままで、何十年も二人三脚で治療することが運命づけられたような精神科医療では、効果も期待できません。だから、患者と主治医の間には対話がなにより重要となるのです。

保護室の守る人権とは

たとえどれだけ医師の理不尽さを感じても、「不安定になっているようだから『保護室』で少し落ち着こうか」とほのめかされれば、患者は震え上がり怯え黙り込むしかありません。

誰のための病院

保護室というものが、それだけの恐怖感を与えることを医師は知っています。面倒くさい苦情を伝えようと一生懸命な患者を手っ取り早く処理するために、保護室というパワーワードはとても便利なものです。しかし、保護室に閉じ込めることそのもので症状が改善するはずはありません。症状は薬剤により、理論をともなった科学的作用によって抑えられるものです。

保護室によって利益を享受できるのは、むしろ医師の側です。お決まりの手順で治療を済ませ、患者にあれこれと不満を述べさせないことで自分の仕事量を一定に保つことができます。

保護室に入った患者

複数人の収監スペースなら、部屋の壁どころかトイレの仕切りもありません。しかもカメラが設置され、24時間モニターで観察されています。保護室に入れられた患者の姿は、まるで動物実験で檻に閉じ込められたラットのようです。

保護室の収監から出てきた入院仲間は、いやに聞き分けがよくなっています。それを、保護室の効果による病状の改善などとは呼ばないでいただきたいですね。

彼らは、周囲の目が光る中での排泄を強制され逆らう術も奪われ、数日間にわたる他人からの視線を浴びることを強制させられた実験対象に成り果てたということです。

そうやって、精神的に徹底的に打ちのめされた彼らはただただ怯え、二度と同じ部屋に放り込まれることのないよう、徹底した主治医への従属を覚悟しただけなのです。

それを治療と呼ぶなら、患者はいったいどうやって人としての尊厳を保てばいいのでしょう。保護室は、医師の側で一方的に行なわれる、単なる省略行動に過ぎないのではないでしょうか。

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