「我が子が発達障害児だった」
そう分かった時、「はい、そうですか」とすんなり受け入れることが出来る親はいないだろうと思う。
それでも、大抵の親は、苦悩しながらも長い時間をかけてその事実を受け入れ、我が子と共に歩んでいくのだ。

今、発達障害児が増加する中で、もちろん発達障害児の親も増え続けている。
そんな中で、問題となってきているのは「我が子の障害を受け入れることが出来ない親」である。

犠牲になるのは子供です。一番辛いのは、親自身が「障がい児の親」となることが嫌、或いは我が子が障がい児であることが恥ずかしい、隠したいなどの理由で、普通校の一般学級に押し込まれてしまっているケースではないでしょうか。

健常児だと思って育ててきた我が子が、障害児であったというショックは確かに大きいが、そんな親の都合で、望ましい教育を受けることが出来ない子供が存在するというのは、あまりにも痛ましい事実である。

そうして、自分に合わない環境下に無理やり押し込まれて、そもそもの発達障害だけではなく、二次障害を引き起こしてしまう子供も少なくないはずだ。

一番可哀想なのは障がい児本人です。誰もが望んで障がい児として生まれてきたわけではありません。一生障がいを隠し通したまま育てていくなどということは不可能だと思います。小学校のうちは誤魔化せたかもしれない。でも中学校は更に厳しく、ハンディを抱えた子供が一般の高校受験や就労が無理であろうことは、冷静に考えれば今からでもわかることではないでしょうか。

親のエゴで、何の罪もない子供が、受けるべき療育や教育を受けられず、改善出来るはずのポイントも改善できないまま年を重ねては、出来たかもしれないこと、そして叶えることが出来たかもしれないことをも奪われてしまう。

早期療育の重要性は、周知の事実です。幼い頃の貴重な時期だからこそ、適した環境を与えてあげてほしい。障がい受容が出来た親達は、障がい児の為を思って誰もがそう望んでいます。目の前の現実と向き合って、物事を客観的に判断して「お子さんに最善の道を選んであげること」それが全てに関わる重要なことだということを、何か問題が起こる前に気づいてほしいと切に祈っています。

確かに、我が子の障害を受け入れるということは、親にとっては苦しいことかもしれない。
しかし、それを受け入れないというのは、障害だけでなく、その我が子でさえも受け入れないということではないだろうか。

時間をかけてでも障害を見つめ、受け入れることがまず、第一のスタート地点に立つために必要なことである。
そうして我が子と共に成長し、前へと進んでいくことが、親の使命であるのではないかと私は思う。

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