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2018.11.10:フリーペーパーVol.32発刊!

救急車のサイレンが鳴ってるのにどうして行こうとするの?

サイレンが聞こえたらとりあえず止まればいいのになぜギリギリまで自分の車を進ませようとするの?

主要幹線道路で、私は脇に伸びる歩道を歩いていました。そのとき、赤いランプをくるくる回しながらサイレンを鳴らし、赤信号の交差点を通過しようとする救急車を見かけました。

サイレンが鳴っている救急車に対して一般車両は道を譲る必要があります。

それにもかかわらず、救急車がスピードを下げなければならない状況になっても、自分の車だけはなんとかして進行させたがる車両があまりにも多いと、歩道から交差点の様子を眺めつつ、以前から思っていました。

救急車はもっと主張できないの?

それにしても、救急車って、なんであんなに低姿勢なのでしょうね?

優先の知識が無いの?

救急車が交差点に差し掛かって、それでも車が少しずつ右折を始めようとすると、救急車はアナウンス音声を流します。

「道を開けてください、道を開けてください」

通過が終わると

「ご協力ありがとうございました」

と。

交差点だろうと幹線だろうと裏通りだろうと、サイレンを鳴らして人命を救うため一刻一秒を争う救急車なら、もし進行を妨げる車が出ててきても構わず突進して進行すればいいのに、と、幼少期から思っていました。

しかし調べてみると、法律上、緊急車両にそれほどの強い権限はないことが分かりました。一般車両は緊急車両の進行に際し、進行を妨げない程度に徐行したり、自分の車を左に寄せて譲るなどの義務は課されますが、車を停止して譲るほどの制約は課されません。

もっと緊急車両優先の度合いが強くてもいいと思うのですが、救急車、パトカー、消防車への一般車両側の義務が簡単なもので驚きでした。

優先の奪い合いは非効率的

それにしてもなんであんなに、車は譲ることを徹底的に嫌がるのか、まったく疑問です。歩道から俯瞰(ふかん)して見ていると、少し早めに道路脇に寄って速度も落とし、すんなり救急車に通過してもらった方が、その後の自分の進行がスムーズに出来るのに、と。

どうにかして先に右折を済ましてしまいたい様子の車両も多く、前輪をじりじり進めて、やむを得ず救急車の側が最徐行するぐらい速度を下げたのを見計らって右折をゴリ押ししてしまう車両の、なんと多いことか。

正義感は想像力から生まれる

緊急車両を目にしても止まらないドライバーは、救急車のサイレンのその裏に「人の命」が見えていないのでしょうか。

ケガや病気で緊急事態に陥っている人を搬送する救急車のサイレンも通常の赤信号も、同じだという感覚なのでしょう。

自分に置き換えて考える

もしその救急車が、自分の親や子ども、親しい友人や親戚など、自分にとって大切な人の緊急事態に向かう車両だったら、あなたはどうしますか?

それでもやはり、隙間を見つけて自分の車を通そうとし、検挙されないであろうギリギリのところまで自分の優先を主張しますか?

あなたが早めに停止して救急車の優先を第一に考えなかったばかりに、交差点通過時にスピードを下げさせられた救急車が搬送する患者のご家族は、まさにそのようないたたまれない気持ちになるのです。

「自分が急ぎたい」
「違反切符さえ切られなければそれでいい」と考えるのはやめましょう。

いつどこで、だれが次に救急車に運ばれるのかは分かりません。
愛する家族になるかもしれないし、自分なのかもしれません。

明日は我が身なのですから、相手のことを考えて、そのうえで自分の権利の最大値を求めてください。