『高野聖』(こうやひじり)は、泉鏡花(いずみきょうか)による短編小説です。

初出は1900年(明治33年)2月1日、春陽堂から「新小説」の第五年第三巻に発表されました。発表された当時の鏡花は28歳。

この作品は、その妖艶さや怪奇さで文壇から高い評価を受け、彼自身が作家としての地位を高めるきっかけとなった代表作です。

今回のテキストには、新潮社刊の新潮文庫『歌行燈・高野聖』を使いました。

人間は、欲を満たすことを目的に生きています。

この世の中で行われるすべてのことは、欲求することと、それを満たすことの繰り返しにすぎません。

そしてその後、みんな死んでいきます。

命とは、ただそれだけのものです。

この作品は、高野山に籍を置く年配の僧が、越前敦賀の旅籠で出会った若い僧に、自身がまだ若い僧だったころに体験した怪異的で幻想的な体験を打ち明けるという内容になっています。

それを、聞き役である若い僧が、打ち明けられた話の内容を地の文としてさらに打ち明けるという、二重の入れ子型構造で構成されています。

真実と幻想の線引きが難しい、本作品の意図する夢と現実の間にあるこの世の儚さが、現実世界の奥深くに沈み込んでいくという本作品の意図にみごとに合致して表現されています。

舞台の経緯

高野山の僧が、蛇と蛭の蠢く山中で迷った末たどり着いた一軒の家には、美しい小柄な女がひっそりと暮らしていました。

女は、成人した若い知恵遅れの醜い男の身辺の世話をしながら、他の誰とも関わる機会も持てず暮らしています。

この土地はかつて、ひどい水害に遭い、家屋もろとも流され、多くの住人が死んだという経緯を持ちます。

女はもともと、地元唯一の医者の娘で容姿端麗な才女でした。そのうえ、患者の症状を掌をかざすことで癒やすことのできる不思議な力も持っていました。

医者である父親は、知恵遅れの男がまだ少年のころ、その少年の手術で失敗して出血大量を起こし、男に障害を残した張本人でした。

水害で生き残ったのはこの女と男、水害の際に生き残る理由となった逗留に同行した馬子の親父のみとなり、女も男も帰るべき家を失ったのです。

鏡花の書いた人間の愛

高野山の僧が、山道で遭遇した多数の蛇や蛭の群れは、女を欲望の対象として見た、女からの誘いの罠に落ちた男たちの化身でした。

女は自ら男を試し、肉欲に負けた男をあざ笑うようにして、次々と獣に変えていったのです。

ではなぜ、高野山の僧は人間として、このように旅籠で若い僧に自らの体験を語ることができたのか。

作中でも、僧は女に思いを寄せながら、僧である自身の立場や女の純粋に不遇な立場を思い、それまでの他の男たちのように力任せに女を思うままにすることはありませんでした。

作品中盤で、女は自ら申し出て衣服を脱ぎ、冷たい川の水に入って男の体を洗う場面があります。

このときの気持ちを、作品中で僧は「花びらに包まれる」と独白しています。

僧は、自分のみが許された愛情に心を満たされながらも課せられた戒律を思い起こし、女が試したこの罠にも落ちることはありませんでした。

この構成に、鏡花が求めた愛がどのようなものであるのかが、表現されています。
高野の僧には、自分のみが抑制を保ったという自負がありました。

自分ただ一人が獣に変えらることはなかった、女の慈悲を受けた者としての優越感がありました。

しかしそもそも、女がどれだけ男に対する蔑視や恨みを抱いていたとしても、単に自分への愛の内容を確認して満足するという行為が許されるわけではありません。

用無しになった男たちを獣に変えてしまう点に、この女の身勝手が浮き彫りにされています。

その身勝手さが自分のみに特別な愛情として注がれ、許容の対象として認められるという点に、作家の求める愛の理想形が表現されているのです。

その一方で、自らが愛を注ぐ対象としての存在も同時に、女は欲求します。

しかし、自分が本当にその男を愛してしまう煩わしさも、女は身勝手なことに抱いているのです。

愛情を注ぐ対象が白痴の青年であることは、女にとって好都合だったのでしょう。

『高野聖』には、作品の最後まで、高野山の僧による話が真実であるか否かについて、その裏付けは描かれません。

真実を謎のまま残した理由は、先に述べた入れ子型細工の構成を効果的に生かすためでもあります。

人間の純粋な想いでさえ、それが本来意図するところなど永遠に伝わらないという宿命のようなものまで、訴えかけているかのようです。

泉鏡花 高野聖www.aozora.gr.jp

via:青空文庫

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