私は、人付き合いがそれほど得意なわけではない。むしろ、苦手意識を持っている。

今となっては、努力の甲斐あって傍目にはそうは見えないだろうと思ってはいるが、時々自分の中で「無理をしているな」と感じることもある。相手と打ち解けるまで、なかなか視線を合わすことができなかったり、店員さんが話しかけてくる場面を全力で避けようとしてしまったり。

特に、見えない相手に対してコミュニケーションを取ることは苦手だ。電話や、メールなど相手のリアクションが目に見えないと、自分の発言に自信が持てなくなるし、そんなことを繰り返すうちに、できるだけそういったコミュニケーションの取り方をしないように……と考えてしまうようにもなっている。

それなのに、ふとした瞬間に「寂しい」という気持ちが襲ってくるから厄介だ。

子供の頃の私は、他人にほとんどと言ってもいいほど関心がなかった。1人遊びも好きだったし、得意だった。
そうして酷かったのは、人の名前を覚えることができないということだ。これは中学生になっても続き、クラスメイトの名前も全員は把握できず、卒業間近になっても怪しかった。

しかし、高校生になるとき、私は変わろうと決意した。

理由としてはやはり、それでも寂しいと感じる瞬間があるようになってきたからのように思う。

ところが、高校に入学してすぐに、体調不良に陥った私は、高校に通うことはほとんどできず、卒業するときになっても、学生生活の思い出や大切な友人は得ることは叶わなかった。

悔しかった。そして、絶望にも似た思いに振り回された。

ところが、高校卒業後、私はたくさんの良い出会いに恵まれる。変わらず体調は悪いままではあったが、私を1人の人として認めてくれる人が多く現れた。

そうして、数年の時が経過した今、私はこうしてメンバーの1人として記事を書いている。この事実は、体調に関係なく、今の私を根底から支え、私は自分の足で立つことが少しずつできてきているように思う。

最初にも書いたように、今だって私は、人付き合いが苦手だ。多くの人に会ったり、人混みに揉まれたあとは、尋常じゃあないほどの疲労感に襲われる。それでもやはり、人との繋がりは私を救ってくれるのだ。

他人にまったく関心がなかった自分から、人との繋がりの大切さに気が付いた私。これまでに失ったものもあるが、得たものはそれ以上に多く、私の心を満たしていく。

時に、とてつもない不安や寂しさに襲われることもあるが、その気持ちがあるからこそ、人との繋がりを求めることができるのだ。

そのことに気が付いた私。

これから先もきっと、試行錯誤を繰り返しながら、どうにか人と繋がって、生きていくのだろう。